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2008.04.15 (Tue)

仕事が一段落しても・・・

先週の金曜日、仕事で一区切り付いた。


初めて受け持った仕事で、初めて自分の生徒を送った・・・外国人研修員ですがね・・・。


それで気が抜けたのか、土日は体がだるくて動かなかった・・・。
気持ちもクールダウン・・・と言ったところか・・・(-_-)


とっても頑張ったし、色々と勉強にもなった。やはりこの仕事はいい・・・意外と向いているかもしれない。


しかし、そのようやく終わったという余韻を味わう暇もなく、次の仕事でてんやわんや・・・。
なんとなく疲れているときに色々言われても頭に入っていかないよ・・・でもやらなきゃ。



と言うわけで、仕事があるにもかかわらず、2日連続で「ノー残業」
帰ってきて、だらだらしています。

たまにギター弾いたりしてさ・・・。








ところで話しは大きく変わって、今日仕事帰りにOさん宅へ行って少し、お茶話。
Oさん実は先日、17歳だった愛犬を亡くして元気がなかった。
前回のホームコンサートのDVDをもらって、しばし雑談しながら、愛犬ハナちゃんのお話をする。
結構僕にも懐いていたから僕も少し悲しかった。


そんな話をしながら、話が続いて・・・次回の「ホームコンサート」が決まりました。


今月の29日の休日にOさん宅で行います。
さ、練習に打ち込もう。
今週末にも演奏する予定だし・・・Pの爪はまだないけど・・・少しましになってきた。


次回は2重奏なんかを読んでみようか・・・? などと話しながら楽しい時間が過ぎた。



さ、次回はなに弾こうか?

取りあえず、バッハは弾きたい。人前での完成度を増したい曲だからね。


それ以外は、アラビア風奇想曲も弾きたいな・・・これも完成度を上げたい。
レッスンも受けるし・・・。


それ以外は、大好きなバロック「ヴァイスのシャコンヌ」と「ファンタジー」くらい行ってみようか。
さ、楽譜見直して練習だぁ・・・




仕事が忙しいときこそ、自分を失わず「時間」を作ろうと思う・・・

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2008.03.25 (Tue)

仕事がにわかに忙しく

最近、まだまだ忙しいとはいえないのだろうけど、仕事を覚え始めてきて、一定の仕事をまかされつつ担当する箇所も出てきた。

いぜんやっていた仕事と関連あるとはいえ、内容は全然違うので少し戸惑い気味。
ある国際協力的な必要技術について「知ってて当然!」と言うような事もあるものの、僕にはさっぱりかかわったことがないものが多い。

悪い風潮だとは思うが、国際協力関連の人々はやたらと略語を使いたがる・・・PCMだのPIMだの、PDMは読めて当然なのか?とか、まず言っている意味を正確に相手に伝える努力が必要なのでは?と感じる事もしばしば・・・。そういう意味でのストレスはある、それも時間の問題でしょうけど・・・。



・・・でも、今の仕事は正直言ってやりがいがあるかも・・・と感じています。



通常の企業や事業主と違って「利潤追求」が最終目的ではないことがいいんだろうと思う。

国際協力というだけに、お金の出元は皆さんが納めている税金です。
一般的なNGOだったり、援助団体、ペシャワール会の様な会であったら寄付金でまかなわれている。今はそういった税金の使い道もみんな厳しい目で見ているから、勝手な事は出来ない。10年位前の以前に比べて、それなりに窮屈な現場にはなってきているでしょう。しかしそれも、税金をちゃんとした目的に使うためには必要な事でしょう。無駄を省いて、効率的な活動をする、これは重要な事です。

いろいろと制約があって面倒な部分もありますが、それはそれ、時代の流れもある。

しかし、われわれのやっている事は、税金をうまく使う事ではない。 発展途上国の人々に頑張ってもらうために行われている事なんだ・・・そう思うと、不思議と嫌なストレスはなくなります。
いぜん勤めているときもそうだった。一緒に相棒を務めていた先輩とそりが悪くて、とっても仲が悪かった。しかしその人とでも、仕事上ではちゃんと助け合えたし、仕事も分け合っていた。多少いやみな行動もお互いあったが、そのおかげで自立した仕事が出来た。これはきっと良かったんだと思う。


これからずーっとこの世界でやっていくかどうかは、この1・2年くらいで決める事となるだろう。
ここでしっかりと見定めて、自分の足でそこに向かって行く事が必要だろう・・・行き当たりばったりの、出会いや運だけで続けられるほど甘い世界でもない。今回は行き場のない僕に、奇跡的な偶然で神様が一休みする「受け皿」を準備してくれたような気がする。ここで何を学ぶか、何を見るかが重要だ。人の嫌な面、嫌な発言、威張り腐ったやつ、自分の言葉がどんな影響を及ぼすかもわからないやつら、影で人の悪口を言うやつ・・・嫌なやつ・・・こういう人種はどこにでもいる、ということを学んだ。どんな静かな場所にもいる。でもそういうやつらを憎むよりも、どうやって一緒に仕事すればいいのかを考える事が重要だ・・・。

いやみの一つでも言われれば、満面の笑みで「ご指摘ありがとうございます!」とでも言えるくらいになればいいのだ、しかも本心から。


最近、そんな精神的な技術が少し身に付いた自分がいる・・・そんな自分に驚いた。


これはいい傾向だとして、その部分を育てていこう。









うーん、今日はギターの事書こうを思っていて、冒頭だけ近況報告のつもりが、すっかり現在の心境告白になってしまった。

本当に書きたい事って、不思議に「筆が進む」ものです。

そして打ち込んでいるうちに、気持ちの整理が付く・・・ブログって面白いな・・・そんなことを思うこのごろでした。




薬師古道08
やさと薬師古道の龍神様
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2007.12.12 (Wed)

新しい仕事への迷い

先日書いたように、参加しようと意気込んで応募してみたペシャワール会からは「募集してません」の返事が来て、多少ヘコんでいる。

正直、ここから抜けて出られた後の目標を失った感じだ。

ま、カマキリのおかげで少しは落ち着いて物事を見られるようになったから、それから比べるとだいぶ良い。しかしこれからどうしようか?と考えてみると、やはり分からなくなる。夜中におかしな夢を見て目覚めることも多い。不安がぬぐいきれないんだろう。


それで自分でゆっくりと、どうしてこうなったかを考えてみた。
続けることができなくなったのは何故? 

続ける自信がなくなった、というのは本当ではない。続けることはできたはずだ、ここを今まで通り、いや今まで以上に人に働きかけられる場所にする気持ちもあった。しかしこのままだと自分がおかしくなると感じた。自分とソリが合わない人がいる、と言うだけではない。その人を「憎らしい」と思うことがイヤになったのだ。このような気持ちを増幅させると絶対良くないことが起きる、そうなってからでは遅いのだ。またそれを解決しようとしても、どんどん悪い方向へ向かっていくのが手に取るように分かった。そして平静を装って、無理をしていたら体に影響が出た。受け入れようとしても体がついていかない、そんな事に気がついた。精神的にも追いつめられた。それを相談する人もいなかった。相談する人がいないのは自分が悪いんだろう、そういう人間関係しか築けなかった自分の責任だ。我慢していれば、そのうち事態は良い方向に向かい始めるかも知れない、と思っていた。でもその前に自分に自信がなくなった。このままでは自分にも、周りの人にも良くないとわかり始めた。

僕はできるだけ自分に正直でありたい、人の悪口を言うのはしたくない、できれば文句も言いたくない、人を憎みたくない・・・でもここにいると、そういう気持ち、マイナスの感情が否応なしに心に襲ってくる。独り言を呟くと文句ばかり言っている自分がいた。家の掃除なんかをしていると、独りでに口をついて出てくる。おかしい、いままでこんな自分はいなかった、明らかにおかしくなっている事を感じ始めた。あいつが悪い、こいつが気にくわない、どうして分かってくれないんだ・・・そんな思いばかりが抑圧された胸の中で渦巻いてくる。こんな自分が大嫌いだった。これ以上自分を嫌いになりたくない、自分を嫌いになると絶対良くないことが起きる。だから僕は逃げることを選んだ。

逃げることは悪いことだろうか? とどまって戦うこともできるだろうけど、それで傷つくのは自分だけではない、おそらくみんな残らず全員傷つく。収拾がつかなくなる恐れもある。僕にはそんな大事の責任を取る度胸も覚悟もない。いま退けば傷つくのは僕とそれを心配するわずかな人だけだろう、ごめんなさい。自分を守るために、僕は逃げ出す。戦いを起こすには疲れすぎた。

以前、師匠と呼んだ先生を諍いが起きたとき、僕は回りを巻き込んで戦いを起こした。でもその結果、修復しようのない溝が刻まれ、僕はそれを心底後悔した。だからもう戦いはまっぴらだったのかも知れない、いやきっとそうだ。戦わずにはいられないこの場所に嫌気がさしたとも言える。

自分のことを親身に心配してくれている人たちには本当に申し訳ないと思う。ある人は一生懸命、引き留めようとしてくれた。僕を理解してくれたある人は何も言わず無理に来引き留めようとはしなかった。今後の心配だけをしてくれた。自分の味方だと信じられる人々がいることに気づけないほど、自分は追いつめられていたんだと改めて気づく。でもこれも時間の巡り合わせでしょうね。

ただ、ギターは続けたい、しかしどう続けるか?という問題がある。今までのようには行かないだろう。ギターを思いっきり弾ける環境なんて言うのはなかなか手に入るものではない。家に音楽室でもあればいいが、実家にはそんなものはないし、隣の家とも結構近い。また、一人で続けるにも無理がある。先生がいないとなかなか評価をしてくれる人がいなくなる。ギターを知らない人たちに聞いてもらうことはできるだろう、喜んでもらえることもできると思う。ぷろほどでは無くても、それなりの演奏はできるようになった気はする。特にこの一年、むやみに難しい曲に挑戦するよりも、自分にあったレベルの曲を練習することを心がけた。その成果はあったと思う。3月に帰ったときも、お世話になった修道院で演奏を聴いてもらった。しかしそれだけだ、それ以上でもそれ以下でもない、そこには自己満足はあってもギターの修行の面から見た正当な評価はない。

ギターはどこでもできる、というのは間違いだろう。楽器と楽譜があればできるというものではない。環境が伴う必要がある。良い先生、良い仲間、良い場所、いろんなものがなければいけない。それが今後手にはいるかどうかは不明だ。だけど、ギターという素晴らしい楽器と音楽の素晴らしさを少しでも人に伝えられればと思う。今後の人生の中で、一人でも、二人でも僕の気持ちに共感する人が出てきたら、ギターを続ける意味があるというものだ。そう信じて指がなくならない限りは続けようと思う。

ここでは今までの人生の中で一番苦手な部分を学ぶことができたと思う。
自分で正しいと思うことが、人にとっても正しいとは限らない、正義の押しつけになると言うこと。そして人間、本質的に変わることができない部分が必ずあるんだと言うこと。性格が幼すぎて人を傷つけてでもそのスタイルを変えようとしない人がいる、でもそういう人は悪い人、と言うわけではない、だた自分が見えていないだけ。良い方向に向かわせてあげれば、その性格のまま正しい流れの中に向かわせてあげられれば、逆に相乗効果で大きな結果を生み出すことも考えられる。僕にはその方向性を与えてあげるだけの力量が、その流れを生み出すだけの知恵が無かったんだと思う、だから去ることになったのだ。

この場所、この町、この土地では様々な出逢いと別れを経験した、おそらく他の人生と考えると10年分以上の事を経験したと思う。

親しい友人が言った「そうかぁ、まだ合ってから2年しか経ってないんだね、もう10年くらいの付き合いをしているような気がするよ・・・濃い付き合いだね。」
うれしい言葉だった。僕は別段、特別な関係を作ろうとしたつもりはない、今までの他の友人とも同じような接し方をしてきたつもりだけど、それが良い関係を形作っているんだと。

後悔はしていない・・・というのはウソになるだろう。でも1年間悩み続けて出した結論に後ろめたい気持ちを持つことはやめよう。今はできるだけ、現状をしっかりと認識してジッとしてよう。この先の人生で、僕を必要としてくれる場所との巡り会いを信じて。


そんなことを思っていると、以前の職場から契約職員募集のお話が入ってきた。以前やっていた、研修指導員の仕事内容の一部を肩代わりしてやる仕事のようだ。それであれば経験もある、十分できる仕事だ。しかし以前の研修指導員ほどやりがいがあるとは思えない。

しかし今の時期にそういったお誘いがあったというのも、一つの巡り合わせではないかと思っている。かといって、この年で1年ごとに更新、最大3年間の契約社員をするというのも考えものだ、その先が全く見えない。ただ、国際協力の一端を担いつつも生活して手、情報を集めつつ次の自分のステージを探すというのも手かな?と考えてしまう。そして迷っている。返事するまでの期間はそう長くはない。

できれば一度は北海道に帰ってリセットしたい気がする。雪を見たい、冬の北海道でゆっくりと心を癒したい。ただ、地元では仕事がないと言うことは分かっている。そして音楽に携わるにしろ、国際協力に携わるにしろ、自分に向いている、全力をとして向かっていくような仕事に巡り合わせる確率はグッと減る。

ある道に進もうとするのであれば、北海道に帰るというのは必要なことだ。
その道に進みたい気がしている自分がいることも分かっている。ただ、まだ踏ん切りがつかない。その道に行くにはまだまだ修行が足りない気がする。行くのであれば、もっともっと色々な経験をしてから、勢いをつけて飛び込みたい。もしかしたら、今自分はそんな選択を迫られているのだろうか? 

この時間を、今の自分を、どう生きていくかは常に迫られている気がする。もしかしたら今の自分は本当の人生の岐路に立っているかも知れない。右にゆけば、左にゆけば、それぞれの可能性が見えてくる。


苦しいな・・・誰かの言葉が欲しい。

いま自分は本当の意味での冬を迎えているんだろうか。

ただ・・・冬の時間が長いのも暖かい春の喜びを味わうには良い調味料になる。



雪の下からぽっかりと顔を出す薄緑の「ふきのとう」の香り、それが僕の思い描く「春」のイメージだ。

そんな穏やかな春・・・いいな。

菜の花1
八郷の春
EDIT  |  15:00  |  国際協力  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

2007.12.06 (Thu)

返事が来た・・・

先日、例のペシャワール会にメールを出してみた。
現地活動に興味がありますが情報を下さい、というのがメールの内容だ。
そこには今までの経歴を簡単につづっておいた。

まだ募集に応募するかどうかは決めてなかったので、どうすれば良いのか、どんな活動なのか、その仕事に要する経験や知識はどんなものか、どう言った専門知識が有用か、そんな質問のつもりだったけど、返信は以下の物だった。


誠に申し訳ありませんが、現地からは状況が不安定のため、募集を見合わせるよう要請されております。御希望に添えず申し訳ありませんが、どうぞご理解いただきますよう・・・


このメールを見たときはちょっとガッカリした。
ガッカリしたのは、もちろん現在は募集していない、と言うことだけではなく、詳しい内容などが全く書かれていなくて、「ご理解を・・・」とだけしか書かれていなかったことだ。

もし現地が情勢不安定で、危なすぎるから現在は一時的に募集を見合わせているので状況が回復し次第ご連絡します・・・という文章であれば納得も行くのですが「募集はしてませんご理解を・・・」だけではいまいちあきらめがつかない。
であればホームページにそのように記載するべきであると思う。

それよりも、今回は応募と言うよりも応募を考えているので情報を下さい、と言う内容のつもりでしたがそれらについては一切触れず・・・

このあまりに素っ気ない返信にはもしかして・・・という想像もしてしまう。

例えば、年齢の問題・・・先日ペシャワール会の機関誌を読んだが、参加している人の年齢はずいぶんと若い。23歳大学院在籍中とかが多かった気がする。それで34歳などと言う技術者としては中堅世代だが、実際に派遣するとなると体力や適応性に問題があるのでは?と判断されたか、もしくはこの年齢ではワーカーとしての派遣帰国後に就職がないのでは?それに対して文句言われても困る・・・そんな判断がされたのでは?といぶかしんでしまった。
そのようなまだ学生のワーカーを技術部門の担当にしているくらいだから、自分の持っている技術・知識は問題ないものだと思う。むしろそれ以上の働きをしてみせる自信はある。

確かに青年海外協力隊でも帰国後の再就職というのは難しい問題の一つである。

海外、特に開発途上国という場所は、日本で働くには先進技術に触れるには難しい場所であり、技術の2・3年間での進歩というのは目覚ましいほどになる。それで現場復帰は意外にも難しく、協力隊での経験はあまり評価されない、というかむしろマイナスの可能性もある。

それに本人の適応の問題もある、海外で伸び伸びと活動してきた隊員達が、帰国してまた杓子定規の社会の中で縛り付けられていく、この精神的負担に耐えられないことが多いのでは?と考える・・・正直自分がそうだ。


しかしそれらを十分考慮してのコンタクトだっただけに、この素っ気ない返信メールにはガッカリ度がきつかった。

せめて現在の募集がないのであれば、今後の可能性はあるか?派遣拒否の他の理由はないか?という返信は返したが、どんな返事が来るかは期待はしまい。きっと駄目なものは駄目だろう。

しかし事務局がどんな対応であろうと、中村医師の活動は素晴らしい、それだけは変わらない。いまは金銭的な援助はできないが、いずれ就職してそれなりの収入ができたらペシャワール会の会員になるのも良いかも知れない。



現在、以前のつくばの職場での勤務に話しが来ているが、それを受けるつもりは今のところない。
国内で国際協力に携わるには良い場所かも知れないが、茨城という土地にあまりいたくない気持ちが強い。


雪もみたいしね、しばらく実家でアルバイトでもしながらどこか海外のNGO派遣でも探すか。


そんな事を思った水曜日でした。
EDIT  |  13:00  |  国際協力  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2007.11.24 (Sat)

中村先生の講演

共愛学園
共愛学園(群馬県前橋市)

昨日、群馬県に行ってきたのは中村先生の講演を聴くために行ってきました。

中村先生と言っても、ギターの中村先生ではありません。
ギターを習っているのは、水戸の中村俊三先生です。

今回の中村先生は「ペシャワール会」の中村哲(なかむらてつ)医師の後援会でした。

前日も書きましたが、中村医師は現在アフガニスタンで医療や食料援助の活動を行っています。すごいのは、これはつい最近始めたわけではなく、かれこれ30年近くも以前から続けてきている活動なのです。
アフガニスタン内戦の時代も、湾岸戦争の時代も、そしていま現在のテロ戦争とうたわれるアイサフの攻撃の中でも、中村医師は活動されてきました。本当にすごいことです。

「誰もが行かないところに行き、誰もしようとしないことをする」

これがペシャワール会の、そして中村医師の理念・信念です。公演内容は「国際貢献と憲法9条をアフガンの状況から考える」と言う内容でした。

私としては、農業土木の技術者(とまで言ってしまっては恥ずかしいですが)としての立場から、現在の農業の実態、復旧計画、その効果などを聞きたいと思いましたが、公演する場所がキリスト教プロテスタントの日本基督教会の学校の中、対象は教会の信者及び一般だったので、内容がそちらに偏ってもしょうがないと思っていました。憲法9条についての見解や、日本の自衛隊の対応への中村医師の見解が述べられるような講演だろうと思いました。

ま、それでも良いと思いました、こんなこと言っては偉そうなのですが、中村医師がどんな人物なのか、ペシャワール会がどんな活動をしているか、それが分かればいい・・・そんな期待を持っての参加でした。


今現在、僕自身が一番興味を持っているのが、やはり国際協力です。

今の仕事が終わったら、一度は実家に帰る予定ですが、そこに長居するつもりはありません。できれば仕事を見つけて再就職するつもりです。ですが、今現在通常の仕事、サラリーマンや従業員になるつもりはないんです。兄は派遣会社と言うか職業斡旋の仕事をしている都合もあり、今の仕事を辞めると聞いたらすぐに地元で「新日鐵が新事業で100年分の鉄鋼を仕入れるらしい、仕事あると思うぞ!」とか、普通の人には知り得ない情報を持ってきてくれますが、どれも普通のお仕事。兄の弟を思う気持ちはうれしいけど、申し訳ないんですがそういった「誰でもできる仕事」につくつもりはありません。

今持っている技術、農業土木・土木施工・英語・海外経験・音楽?など、今までの経験を生かしてできる、仕事をしたいと思っています。そう、しかも誰もやりたがらないような仕事で、僕しかできないような仕事・・・そんな物はなかなかあるとは思いませんでしたが、なんの偶然なのか、そのような活動をしている人がいて、(私を使うかどうかは分かりませんが)ワーカー(現地作業員)を募集していました。

資格内容は、
水路建設関連の技術:いわゆる農業土木

コンクリート関連の技術:むしろ私の専門分野

英語で業務可能なこと:英語で専門分野の授業してました


そのどれもが、中途半端かも知れませんが、これら全てをできる人はJICA専門家のOBか、大手の建設会社海外支局の技術者でしょう。
そういう人たちは、危険のあるところへは派遣されることはありません。自ら望んでそういうところに行く気概のある人でなければ、まずあり得ないでしょう。そうしてそういう技術だけでなくキャリアを持ち併せている人は、家族もいるだろうし、企業や組織の束縛、いわゆる「しがらみ」があって参加は難しいでしょうね。

そこをいくと私は、全てまんべんなくこなせる上に、養う家族もいない、属している組織もない、ついでに言うと仕事もない。なにか出逢いのようなものを感じました。


講演の内容は、アフガンの実状とその活動内容、またそれに関わるエピソードなどについて話されました。
意外にも講演題目である「憲法9条」にはそれほど積極的に触れず、軍を派遣すると言うことはどういう事なのか、それがどういう事を招くかと言うことを力を込めて話されていました。
私が聞きたかった内容が多く、水路建設、農業への支援、などについても様々な情報を得ることができて、私にとって面白い内容でした。

なかでも、いま乾燥地に強い作物として「サツマイモ」と「そば」を積極的に広めているそうです。これは他の国でも行われている施策です。
例えばラオスでもケシ栽培は盛んなことで有名です。なんせ「黄金のトライアングル」の中に入ってますから。高地でそういったケシの栽培が盛んなのですが、そういった「犯罪組織」から脱却しお金を得るための作物として「そば」が採用されています。そばは他の作物に比べ、強くて手間いらず、さらにはやせている土地でも実りやすいので、ケシなどから「転作」させるにはうってつけの作物です。ラオスの山岳民族の自立支援などでそばの栽培は進められています。
サツマイモは日本から持ち込んだ物でしょう、確かに高カロリーで、バランスの取れた良い食べ物だし、乾燥に強いと言うことで進められているんですね。ナルホド・・・

面白い話し、ナルホドな話しをされていました。


「最近では、このサツマイモの種芋が盗まれる、と言うこともあるんですよ・・・」

へぇ、たいへんだな・・・こちらの善意を踏みにじる人がいるんだねアフガニスタンにも・・・と会場からため息にもにた声が漏れる。

しかし・・・

「これはしめたもんだと思いましたよ!」  d( ̄  ̄)

ナニ? Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)エェ?!

「こういった作物という物はこちらから、“これは良いですよ!”と言ってもなかなか広まる物ではありません、むしろこの作物は良いらしいぞという噂が広がった証拠なんです、種芋が盗まれてしまうというのは。だから喜ばしいことですね。この方が広まるんです。」

オォォォー(゚∀°)ノノ.。・:*:・゚ パチパチ
感嘆の響きが会場からわき上がる・・・なるほどねぇ・・・

「それで、サツマイモは表面から出た“ツル”をさすことでも増えますので、次は“(増やせるんだから)ツルを取ったらだめだよ”という噂をわざと流してやるんです。そうしたら早速持って行かれました。」

会場からドッと笑い声 (´゚艸゚)∴ブッ

なるほど、裏をかいた作戦ですね・・・。自分で盗んでった物であれば、その作物は良いんだと言うことを知っていると言うこと、押しつけられた物ではないから一生懸命作る。それを回りが見ていたら「俺も!俺も!」と飛びつく・・・これは素晴らしい。


灌漑施設も農作物も、他のどんな国際援助でも失敗の原因の一つに「押しつけ」という物がある。こちらすごい物を作ってあげても「もらった」という気持ちが強くて、使い方も、壊れたときの修理費用も、その修理さえもやってもらえるまで動かない事が多い。ようはやる気が出ないのである。それで今までは管理や修理、維持をできる技術者の不足がそうさせるのであろうと言うことで(それも一因ではあるが)技術者養成などに力を入れてきたが、イマイチパッとしない成果ばかりだった。それで近年は自分たちでやらせる、適正技術でやらせると言う手法が多くなってきている。最新技術よりもアナログ技術だ。彼らにもできる技術を教えてやるかどうかは、相手任せ。そうすることで彼ら自身にもプライドが芽生え、自分たちで作ったものにも愛情がもてる。そうすればずーっとこれから以後その技術は根付いて、むしろ広がっていくだろう。

そして日本の伝統技術はそういった「手仕事」の技術の宝庫と言っても良い・・・上総堀(かずさぼり)、竈(かまど)作り、そして農業技術・・・

中村医師をはじめ、ペシャワール会の方達は経験からなのか、それとも肌で分かっているんでしょうね・・・しかもまるで心理を手玉に取るかのようなその作戦・・・すばらしい脱帽です。
とても「粋」な感じがしますね、すっかり話しに引き込まれてしまいました。


話しを全部書き込んだら長くなってしまいますので書きませんが、やはり中村医師のお話には“真実”があると思います。

力(テロ)に対抗するには、力(軍隊)であってはならない。今現在、アフガン人が外国人に対して思っている感情はどんどん悪くなってきている。これでは逆効果です。・・・と
タリバーン政権が倒されても、いまだにテロ攻撃は収まらない。だから国連軍の攻撃もやまない、そしてアメリカ軍はテロリストがいたと言って農民を爆撃・銃撃する、それを誤爆とも言わないで○○人のテロリストを処分したと言い張っている、その中には間違いなくただの農民だった人々がいる、だから反米感情が高まる、これは非常に悪循環だ・・・と言っておりました。
しかも、そんなアメリカ軍はじめ国連軍に日本は「給油している」のである、そのため以前までは「ウェルカム!」だった対日感情もだんだん悪化してきているのだという。

どういう誤解か、日露戦争などの経緯や、大戦後の奇跡の復興を遂げた日本にはアフガニスタン人は好感情を持っていたそうです。ですので、活動はスムーズに受け入れられた部分もあるとか。しかしそれが今では悪い方向に行きかけているのです。
もちろんタリバーン政権も悪いし、テロ組織は無くなるべきでしょう。
しかしそのためにアメリカが食料の援助制裁をおこなったりするのは一般の農民を苦しめるだけであるということ。そしてそれは今現在起こっていることで、数百万人がすぐにでも餓死するような危険があると言うこと。テロ組織を潰すために、誤爆したり、農民を餓死させてもしょうがないという考えは絶対に受け入れられるものではない。あまりに遠い世界での出来事なので、まるで物語を見るように、みんな感覚が麻痺しているだけなのではないだろうか?

「まず命を救え!」

これだと思います、中村医師が言いたいことは。
これは、実際に現地でアフガン人に接して来た人でなければ言えないセリフではないでしょうか? そしてその言葉は、ジャーナリストが少しだけ現地を見て言う論票よりも、知識あるテレビのコメンテーターが良識者顔で言うコメントより、現地に行かない政治家が国際社会がどうの言いながら話す言葉より、ずーっと心に響く言葉です。

もしか、いけるのであれば中村医師と仕事できれば素晴らしいだろうな、と思っています。


ま、おまえじゃ駄目だ! って言われるかも知れませんが・・・

もう少ししたら、コンタクトをとってみようかと思っています。


※今日はかなり長くなってしまいました、しかしこれでも少しはしょっています。本当に書きたいことを全部書いたら、倍以上になりそうなので、これでも内容を限定しました。

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