2007年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

2007.01.24 (Wed)

歴史3 宇宙歴20070124

前回の続き。

それで、その時は時間もなくNさんのご主人「Kさん」に逢うことはなかったのですが、Nさんの働くオーガニック系レストランへTと二人で食べに行って、Nさんに初めてお会いしました。

それから、そのTが北海道伊達市の自宅へ帰って、しばらくぶりに自分の生活に平穏が戻って、久々の一人暮らしを楽しんでいると、Tがドイツへ帰る直前に電話してきて、その「Kさん」が今度先生の教室での発表会を行うので、私を誘ってくれるとのこと。
とても嬉しくて、日曜の発表会で夜だったので、わざわざ翌月曜日に有給休暇を取って、喜び勇んで、その日の発表会に参加しました。

その発表会では、久しぶりに飢えていたクラシックギターの話題をむさぼり、楽しい時間を過ごしました。初めてギターを教わった飯田先生にそこで出逢い、その後仲間として活動する人たちとも出会いました。
その時は先生の演奏を聴き、即決で習うことを決めて翌月から通いましたね。

いまでも尊敬する先生です、残念ながら行き違いがあって今は離れてますが。

そしてKさんも所属する八郷のアンサンブルへも参加しました。
私は高校時代にもアンサンブルはやってましたし、やっぱりアンサンブルって良いんですよね、大好きです。
個人個人の音楽レベルにも寄りますが、上手下手にかかわらず1人1人がそれぞれの音を奏でて、その音が重なり合って、一つの布を織っていくような感覚がとっても好きです。

その八郷のアンサンブル指導も飯田先生が行ってて、ソロ・アンサンブル両面を指導してもらってました。

つくばに住んでからここまでの経過は2003年〜2004年の話し。
飯田先生に実質習ったのは、合計で1年習ってません、大体半年くらいでしたね。先生がメキシコに行ったので、別の先生に借りに引き受けてもらった時期が半年くらいですか。だから、実質先生に見てもらってレッスンしたのはトータル1年くらいしかないんですね、私は。

その後、アンサンブルもレッスンも続けつつ、仕事の契約期間が終わりに近づき、どうするかな?と考えていました。

実はその頃付き合っていた女性が、(たまたま)八郷の女性で、彼女の地元でもあるし、ギター文化館あるし、ギターの先生は近いし、仕事は何とかなると言うことで、契約が終わってすぐに八郷に「えいやっ!」と引っ越してしまいました。

そうしているときに、ギター製作家の松村先生から「ギター文化館での、イベントがあるんだけど手伝ってよ」と言われて、05年の「アマチュアギター製作コンクール」を手伝うことになりました。

このとき思いがけず冗談半分で取った「大型I種免許」が役に立ち、このときは嬉しかったですね。(送迎バスの運転手しました)
ここから、ギター文化館との関わりが始まったと思います。
呼び水は、ギター製作家の松村先生だったと思います。
以前から飯田先生を通じて知り合うことが出来、非常に人格者で文化人な先生を私は尊敬してやみません。その先生のお願いであれば断ろうはずもないのです。

んで地元の会社(何故?か印刷業に)就職して、しばらくギター文化館に関わりながら働いてました。しかし、仕事がきつくてあっさりと退社しました。

仕事自体は結構やりがいもあって、面白いとは思ってました。しかし毎日残業残業で給料は入るものの、八郷くんだりに来て毎日「コンビニ弁当」を食べてる自分にハッと気が付いたんですね。
毎日10時過ぎまではたらいてると、スーパーは軒並み閉まってて、食料を飼う時間もなく、家でご飯作ってくれてる人もいないと、「俺ってなんで八郷に来たんだっけ?」と考えさせられました。土曜日も隔週休みで、ギター文化館へもなかなかいけない状況。

これは いかん・遺憾・如何いかーーーーん(゚Д゚)ウボァー

となって辞表を提出。

すぐに時間的に余裕のある派遣社員になって、つくばの研究所へ勤めました、時給もそこそこでしたし「つくば」へ通うのが結構楽しかったですね。そこで1年ほど勤めてる間、本当にいろいろな事件がギター文化館で起こりましたが、詳細は書きません。あしからず

時間が許せば、気持ちの整理と共に書ける日が来るかも知れませんが。

それで、昨年の10月、勤め始めてちょうど一年で研究所をやめて、現在のギター文化館に勤め始めてます。

実はこの1年の出来事が一番私の人生の中で辛かったじきでもあります。先生と別れ、彼女にもふられ、嫌がらせされて、虐められて、八郷を去ろうと思った回数は1回や2回ではありませんね、正直言えば不安も大変なもので、今でもたまに考えます。

そういうときに思うのは、僕はこの土地の人間ではないから、何かあっても最後の最後で相談する人がいないと言うこと。つくづく孤独と不安を感じます。人間関係は一朝一夕では作られません。長く育った土地であれば、喧嘩しても「最後には分かってくれる」という友人もいます。だからこそ本当に心許せる友なのでしょう。
しかしそういう関係になるには長年の信頼関係が必要だと思います。
信頼し合ってこそ、何でも言える友なのだと思いますが、信頼関係も出来上がってないのに勝手に何でも好き勝手なこと言って険悪になってしまうと、この年では取り返しが付かない関係になることが多いですね。

まだ相手の事もよく知らないのに、相手の心の琴線に簡単に触れてくる・触れてしまう。私はこれは逆に、人を信頼したい・信頼されたいという「甘え」や「弱さ」から来るものであると考えてます。長年かけてようやく出来上がる信頼関係をインスタントに考えすぎているのでしょうね。以前の私にもそういうところがありました。これはやはり「信頼」ではなく、「信頼したい」という甘えでもあったと思います。

特に先生との関わりではそうだったんでしょうね。まだ短い付き合いしかないのに、それほど信頼関係も出来上がってないのに、信頼してくれてるものと勘違いして、頑張って、裏切られて、勝手に傷つく。そういう事が続きました。
信頼を示してくれてる間は良いのですが、それが裏返ると「愛憎紙一重」とでも言うのか、これまでは全く見たことがないような目でこちらを見てきます。

「信念」を貫ければいい、などと言う方もいますが、これはとても難しいことだし、他人を傷つけても信念を貫く自信が私にはありません。
傷つきたくないので、傷つけたくないんでしょう・・・疲れます。



なんか、とりとめなく書き込んじゃいましたけど、消さずに残しておこう。

とりあえず自分を見つめてこの一年頑張ります。


あらためて見ると、つまらないブログですね。
ま、いいか自分の勝手ですし。
明日からは、軌道を元に戻します。


テーマ : (`・ω・´)/シャキーン ジャンル : 日記

EDIT  |  17:51  |  クラシック・ギター  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
 | BLOGTOP |