2007.04.30 (Mon)
昨日
眠かったんですが、さすがにやばいと思ったので。
きもちえがった〜
ビール巧かった〜
その後ばたんキューでした。
そして今日もまだまだ頑張りまっする。
テーマ : ( ´д`)ウェーイ ジャンル : 日記
2007.04.29 (Sun)
ヒミツですが・・・
気づいたらもう4日も風呂入ってません・・・。
Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)エェ?!
忙しさにかまけて・・・とはこのことでしょう。
できるだけ、体は蒸しタオルで拭くようにしてますが、そろそろ臭ってきそうです。
だって毎日帰りは午前様・・・
はっきり言って・・・
めんどくさいんだよぉ〜 (;゚皿゚)キー
ちなみに僕は「蒸しタオル」が大好きです。
朝も顔をちゃんと洗顔フォーム付けて洗いません。
蒸しタオルでギリギリッと拭く、これが大好きです。
すっきりしますし、目も覚めます。
でも頭髪だけはどうしようもないね。
今日は午前様だろうが何だろうが、帰ったら風呂入ります。
できるだろうか・・・?
(ノд-。)
さあ、お仕事お仕事・・・
テーマ : ・゚・(ノД`;)・゚・ウわああ!! ジャンル : 日記
2007.04.28 (Sat)
う〜ん
まるで茶化すように「それじゃ、その家そのうち犬屋敷になるね!」
とか
「次の犬は何年後?」
とか
私も笑って何も言いませんでしたが、あまり良い気分ではないですね。
N夫妻がどれだけ悩んで、考えて、話し合って苦慮の末に、苦労するけど頑張ろうと出した決断を、茶化されるのはあまり良い気分ではありません。
N夫妻も近所の方に話すと「1匹飼うも2匹飼うも一緒だもんね」などと言われるそうですが、やはり悔しい思いをするそうです。
他人にとっては簡単に見える決断も、当人達がどれだけ考えて決断しているかを少しでも考えて欲しいです。
1頭飼うのと2頭飼うのでは、その苦労はかなり違います。
まず、元のいた犬との折り合いを付けると言うことがまず大変。
そして、新しい犬小屋やその生活場所を作らなくては行けません。
散歩の手間も、食事の手間も、かわいがる手間も2倍になるんです。
1頭だって大変です。
それをN夫妻は十分判っています。
だからはじめは、指導センターに預けて里親を捜すと言うことになったんです。
ちなみに指導センターで早ければ3日後に「殺処分」される、この場合でも1週間後という事実をN夫妻は知りませんでした。
少なくとも「里親を探してくれる場所」と思っていました。
私が教えませんでした。
教えたら「情」ですべてを決めてしまいそうで、それはいけないと思って言いませんでした。
しかしそのような状況を知らずに、でもN夫妻はその犬を飼うことを決めました。
だから、私もできる限りの協力をします。
捨て犬はいくらでもいます。
だから次また家に迷い込んできたらどうする?なんて事は判りません。
ただ、今回のその子はいろんな意味で「縁」を感じた仔犬でした。
私に悲しい現実があることを教えてもくれました。
N夫妻にとっても「動物を飼う」と言うことの難しさをじっくり考える機会を与えました。それによって、ただ「溺愛」していた犬への「向き合い方」を変えることになります、それはとても良い変化となると思います。
この決断には様々な意味が込められています。
それを他人に分かって欲しいとは言いませんが、茶化したりするのはやめて欲しいです。
温かい目で見て欲しいものです。
テーマ : ε-(;-ω-`A) フゥ… ジャンル : 日記
2007.04.27 (Fri)
眠いっす
んで本日・・・
無事に「仔犬」を保護してきましたぁ
(〃 ̄▽ ̄)o-o∠※PAN!"。・:*:・゚☆
いがったいがった・・・
詳しいことは時間があったらカキコします。
今日は眠いのでご勘弁、今日は久しぶりに安らかに眠れそうです。
テーマ : ( ´д`)ウェーイ ジャンル : 日記
2007.04.27 (Fri)
昨日の続き
「犬舎の中」
それはすごい光景でした。
見た目は「倉庫」と言ったほうが良いでしょうか。
ドアをくぐると、まず鼻に嗅ぎ慣れた「獣のにおい」が鼻に飛び込んできます。
何というか、嗅ぎ慣れた犬猫のにおいがかなりぎゅっと凝縮されて、その上でそれを一生懸命に消そうとした消毒薬のにおいも濃く漂っているのだが、消えることなくブレンドされた強いにおいでした。
犬が実際にいるスペースまでドアを2まい通過しますが、1枚くぐる事に、うなり声、叫び声、きゅんきゅん、にゃあにゃあと言う鳴き声が、大きくなってきます。
そして実際の犬舎内・・・
そこには鉄の檻の中に閉じこめられ、死を待つ犬たちが数十頭入れられてました。
さっきの話しを聞くと、捕獲されたり、連れてこられた犬たちは2日後には「殺処分」されるといっていた・・・
そうするとこの子達は、このたった2日間以内にここに連れてこられた子達であると言うことになる。
たった2日間でこれほどの犬が捕獲されたり連れてこられているなんて・・・おびただしい数です。
ちょっと混乱しました。
大型犬・中型犬・小型犬、犬種、色、年齢、綺麗な毛並みの犬、明らかにノラだったと思われる汚くやせた犬・・・・本当に様々な犬たちがいました。
どうやら、大人犬は大きな部屋に団体で、仔犬はまた別に、とりわけ何らかの問題があると思われる犬がまた別に個室に入ってました。
何というか、すべての犬に共通するものがあります・・・
それは表情・・・・目です・・・・
みんな怯えて、悲しそうな、諦めたような、自分の運命を知っているような、知っていても知らんぷりしているような・・・・そんな顔してました。
もし、「そんなことはないよ、犬に表情なんかあるわけがない、そういう状況にいる、おまえだからそんな風に見えるだけだよ!」
などと言う人がいるかも知れません。
そういう人はこの光景を一度でも見てから考えて欲しいものです。
胸が締め付けられます。
自分から「中見せて」とは言ったのですが、あまりに切ない光景でした。
人間のエゴの吹きだまりがここにある、人間の・・・自分の汚い部分をまざまざと見せつけられる思いがしました。
ふと気づくと、立派な体格の「ゴールデンレトリバー」が独房舎に入っています。
「この子も捕獲されたんですか?」と聞いた。
聞かなきゃ良かった・・・・・
「いえ、飼い主さんが飼いきれないと言って、連れてきたんです・・・。」
ひどい人がいるものです。
おそらくかなり大きく、齢も経ているようなので、10歳以上ではあるでしょう。
ゴールデンレトリバーの流行った頃に、大金出して購入して、仔犬の頃はかわいくてしょうがない、そのうちだんだんでかくなってきて、食費もかさむし、体は大きいから散歩も大変、放すと近所から苦情も来るし、最近はそれほどかわいくないし、引き取ってくれる場所があるんだから持っていけば?くらいの感覚で連れてこられたのでしょうか?
もとのご主人はこの子の運命を知っているんでしょうか?
いろんな事を考えました。
そしてその子の表情も、また悲しくこちらを見ていました。
おそらく周囲の状況、においなどからすべてを理解して、そして運命を待っている・・・そんな風にも見えました。
ゴールデンレトリバーは本当に賢いから分かっているかも知れませんね。
いったい、どうして最後まで面倒を見ようとしないのでしょう。
「家族」じゃないんでしょうか?
ただの「犬め」何でしょうか・・・。
私には分かりません。
ある人が、「マンションに引っ越すから引き取って」といって来たそうです。
あまりに簡単ではないでしょうか?
いままで一緒に暮らした家族がどうなるのか判っているんでしょうか?
なんなのでしょう・・・
もちろん、飼い主さんにも様々な理由があることでしょう。
職場が都会に転勤になって、飼える状況じゃなくなって、一生懸命里親探したけど見つからなかった・・・とか、やむにやまれぬ事情があって、しかし変わりに世話してくれる人もいない。
どうしても行き場がなく、せっぱ詰まってしまったとき。
そんな事は必ずあります、人間社会ですものね・・・。
私も結局はこの子をここに連れてきて「運命」を決めちゃいました。
僕もその「ひどい人」も大差ありません。
犬は人間の最良の友、と言った人もいますが、本当にそうでしょうか?
確かに犬は人間に掛け替えのない「癒し」や「安らぎ」を与えてくれる素晴らしい家族となりうる、最高の友でしょう。
しかし、犬にとって人間は最良の友であるでしょうか?
生かすも殺すも人間次第・・・・そうなのです。
生かすも殺すも人間なんです。
飼った犬の、一緒に暮らす犬の運命は人間が握るんです。
えさをあげなければ飢える。
散歩に連れて行かなかったら、ストレスがたまる。
散歩がめんどくさくて放し飼いにすると、交通事故にも遭う。
重大な病気になって、病院へ行かなければやっぱり死んじゃう。
飼う、共に暮らす、と言うことはやっぱり大変なことなんです。
そんなことは当たり前まで、飼うというのは「命を分け与える」と言うことだと思います。
その覚悟がなければ飼うべきではないでしょう。
ペットというものに関して、深く考えすぎかも知れません。
でも自分が間違っているとは思いません。
「命」はそんなに軽くない
昨日はそんなことをじっくりと考えさせられました。
皆さんはどう思いますか・・・・?
独房に入れられた「ちび」は新しい環境に不安そうな目で、最後まで僕を見ていました。
胸の中では「ごめんごめんごめん・・・・・」何度も謝りました。
でも、やっぱりこの子の運命を決めたのは私です。
謝って済むものでもなければ、解決もしません。
では、僕にできることは何なんだろう。
今すぐここの子達を引き取ることはできません。
できることと言ったら、この気持ちをブログに書いて、少しでも誰かにこの現状を知ってもらうことでしょうか?
何の役にも立たないかも知れません。
結局は、自分に言い訳しているだけなのかも・・・。
ちなみに猫の部屋もありました。
みんな小さなケージに入れられて、「出して出して」と泣いていました。
帰り道、あまりに切なくてかなり泣いてしまいました。
34歳にもなって・・・。
一つだけ気になって職員さんに聞きました。
「もし、この中に飼いたい犬がいたときには、譲ってもらえるのですか?」
私は少しでも里親が見つかればと言う気持ちで尋ねたのですが、意外な答えが返ってきました。
「それはできません、基本的に譲渡会だけでのお引き渡しだけです。譲渡会に出される犬猫は、ワクチン摂取や健康管理をしっかりと行ってから譲渡会に至ります」
詳しくは聞きませんでしたが、おそらくこういう事だろうと思います。
もし、そんな風にこの犬たちを哀れ思った人が、簡単に引き取れるのであれば、引き取りに来てまた「逃がしてしまう」人がいたりすると、せっかく捕獲したのが無意味になってしまう。
引き取ったけれども結局「去勢」もしないで放し飼いにしたりして、またこういう犬が増えてしまう事もある。
なにより、大人犬が多いので、新しい飼い主に懐かず、結局手に負えなくなるケースが考えられる。
引き渡すからには、ワクチン摂取や、病気がないこと、健康であることが絶対条件で、もしそういった病気の犬を引き渡してクレームが来てもらっては困る。当然すべての犬にそのような対応はできない。
様々な事が考えられます。
しかし、ちょっとした憤りも感じます。
ここに来てしまった犬はほとんどが「殺処分」になってしまう、たとえその子を見て「飼いたい人・飼える人」がいたとしても、である。
前にも書きましたが、犬を飼う、というのは偶然「飼いたい人」と「飼われたい犬」がそろわなければいけません。
その人の元に、その子が来ることができた可能性を考えると、幸せな生活ができる「犬」や「飼い主」はまさに奇跡のような偶然の組み合わせだと思います。
ペットショップにいる犬たちだって、飼い主が決まるとは限らないケースがあるのですから、捨て犬や、もらわれ犬の事を考えると気が遠くなります。
なんか、そんな「出逢い」も否定しているようで・・・。
僕がここを出るときに思ったのは、もし今後、犬を飼える状況になったら、飼う決心がついたら、きっとペットショップなどには行かずに、ここの譲渡会などに参加して、里親になりたいと言うことです。
いつの日か・・・
<昨日はうれし泣きしました・・・>
実は、明日「その子」を動物指導センターに「引き取り」に行きます。
そう、飼い主が見つかったんです。
実は、結局そのN夫妻がその子を引き取る決心をしました。
二人でたっぷり悩んで、話し合って。
昨日3人でゆっくりと話しました。
飼うことの難しさ、これからの大変さ。
それでも、その子を引き取ると言ってくれた・・・・
僕はこの2人の決断に心から感謝し、そして最大限の協力をすることを誓いました。
3人で協力して「その子」の運命をまた変えることになりそうです。
ただ・・・まだ産まれて間もない、ちみっちゃい「仔犬」が私達の心、運命を変えてしまったようです。
やっぱりこれは「奇跡」のような出来事なんですね。
私は「導き」を感じずにはいられませんでした。
「これも何かの縁だしさ・・・」という優しい言葉が耳から離れません。
これからたまには我が家に「泊まり」に来ることでしょう。
最後に「その子」をお見せします。


2007.04.25 (Wed)
何故こんなに・・・
これはやっぱり皆さんで考えて欲しい大きな問題です。
今日は久々に本気泣きしました。
最近、年とってきたせいか「涙もろく」なった気がします。
でも良くなくその「涙」は大体が「感動の涙」がほとんど・・・。
後はほとんどあくびか花粉症でしたね・・・(^_^;)
でも今日は久しぶりに「せつなくて」そして「悲しくて」泣いてしまいました。
ただ、それを恥ずかしいとは思いません。
昨日、友人から1通のメールが届きました。
「ちびワン(仔犬)を保護してしまって、飼い主を捜しています。」という内容。
実はこの夫婦とはかなり親しい付き合いで、しかも「犬」に関してはかなり深い「縁」で結ばれています。
実はこのN夫妻の飼っている犬は私が「ゴミ箱」から拾ってきた犬です。
その話は後に書きます。
N夫妻は八郷の土地で、おそらく私の一番の理解者であり、一番大事な友人でもあります。
そんな友人が「犬を保護して困っている」と言っている。
しかも私が以前に犬を保護して、困っているときに、その子を気に入って保護してくれた「恩」もある。
そしてその子は幸せに家族として扱われている。
どう考えても、このN夫妻のもとで「もう1匹」というのは無理がある。
そしてこの「里親探し」というのは難しいのが世の常。
犬を飼うというのは本当に「出会い」がなければ、成立しません。
「飼いたい人」と「飼われたい犬」がそろわないと成り立たない。
「飼われたい犬」は大勢いるものの。「飼いたい人」はなかなかいない。
「飼いたい人」でも、タイミングで「今はちょっと」というのがほとんどである。このタイミングなんて奇跡のようなものです。
そうこうしているうちにやはりN夫妻宅で問題が発生。
元々家にいた犬が「嫉妬」で半狂乱になってしまっているとの報告が入った。「一晩だけでも佐久間さんちで・・・」と言う話になった。
しかし私は水戸にいて友人宅にいたためとても迎えに行けなかった。
ごめんと誤り電話を切った。
「どうすればいいのか、これからでも迎えに行くか・・・」そんなことを考えながら、別の友人宅で話をしていると、たまたまその友人が知っているところで「動物指導センター」というのがあるというのを聞いた。
茨城県動物指導センター
どうやら、ホームページを見ると「捨て犬・猫」や「世話しきれなくなった犬・猫」を引き取る事が出来るという。
しかも「譲渡会」といって、いわゆる「里親探し」もしてくれるらしいのである。
すばらしい施設があるものだと想いました。
これは渡りに船と、電話して話をした。
しかし、そういう施設に預けるにはそれなりの覚悟が居る、おそらく最終的に「里親」が見つからなければ「殺処分」が待っていることでしょう。それを前提とした「預け」に行くにはN夫妻、時に旦那は繊細すぎて「耐えられない人」だと想いました。
実際にそんな優しい、そして繊細な人です。
ここは、私が以前に受けた「恩」を返すチャンスだと思い、私がそこに預けに行くことを決心しました。
そして大混乱のN夫妻宅に電話し、その旨を伝えるとかなり「ほっ」として安心した様子。
とりあえずその晩は私が遅くに預かることになりました。
そして明日には預けに行く「殺処分」になる可能性を秘めた場所へ。
しかし・・・
それは「可能性」などという生やさしいものではありませんでした。
翌日、私は「その子」を車に乗せ、一路、笠間の「動物指導センター」へ向かいました。
もちろん午前中に仕事の休みを頂いて・・・。
動物指導センターに入って、カウンターに行くと手慣れた感じで色々と聞いてくる。
実際の話を、その人に話しながら犬を預かってもらえる事を確認した。
「犬は中1日の日をおいて(明後日)、処分されますがよろしいですか?」
「えっ?・・・・」
僕は一気に血の気が下がってしまった・・・・
「ここに預けられた子犬たちって“譲渡会”などで里親探しをしてくれるんじゃないんですか?」
「ここに捕獲・収容されてくる犬・猫は年間5000匹にも登るんです、譲渡会は定期的に、月1回くらい開催されますが、そこで準備される犬はわずか5匹くらいなんです。ですからそれ以外の動物はすべて処分の対象と言うことになります、こちらに動物をお預けいただく場合、それを了承していただかなければなりません」
ここまでの説明も、遠いところでなっている「町内放送」のように聞きながら、しかし、それでも確実に僕の頭では理解されていた。
体が震えた・・・
いま僕は小さな一つの命のあり方を決定しようとしている。
しかし僕にその決定する権利があるのか・・・・
涙があふれそうになった・・・
しかし、動物を飼うということは「自分の命を分け与えるようなもの」
その覚悟がない人に飼われる犬も、飼う人も不幸になる。
それは分かっている・・・
・・・でも・・・・
・・・・でも・・・
僕にはやっぱり、飼うことは出来ない・・・。
命を分け与える余力はない・・・・
「・・・分かりました・・・・お願いします・・・」
・・・とだけ答えた。
おそらく聞いてから答えるまでは数秒だったと思います。
それでも、かなり長い時間に感じました。
思いっきり「顔色」に出ていたようです。
でも、私は「殺処分する」事に同意してしまいました。
その子の運命を決めてしまったのです。
その数秒に本当に様々な事を考えました。
昔、飼っていた犬「メリー」のこと、
そのメリーが居なくなったときの気持ち、
実はそのメリーが父親が「山に捨ててきた」という事実を知ったときの気持ち
このことに関しては、また後で書きます。
「里親を自分で捜した場合は、大丈夫なのでしょうか?」
やっとの思いで、そのことだけを聞きました。
「そうですね、皆さん新しい飼い主さんを見つけてもらえるのが、一番良いことです。見つかったらすぐに連絡下さい。」
しかし、たった2日で新しい飼い主を捜すのは容易ではない。
この自分はしゃべった言葉は決定された「処刑」に対する、自分で理解するための、飲み込むための心の手続きでしかない・・・。
そう思うと、よけいに自分に腹が立った・・・。
するとそのセンターの人が
「それではちょっと待ってください、独房が開いているかどうか聞いてみます」
「独房?、そんなのどうだって言いじゃん、確かに子犬だから一緒に入れたらかみ殺されちゃうかもしれないから、防止のためかな?」ともっていた・・・
「・・・ああそうですか、あいてますか。それでは1週間おねがします・・・ガチャ」
「独房あいているそうなので、1週間だけお預かりします。その間に里親探してください。」
「1週間良いんですか?・・・」
「そうです1週間だけですが・・」
私はそのときの複雑な気持ちを忘れられません・・・。
「どうせ1週間延びただけなんだろう?」というあきらめの気持ちと「1週間の間に見つかればこの子は助かるんだ」希望の気持ちがかなり「半々」にブレンドされたドロッとした気持ちでした。
とりあえず、これで最後かもしれない、と思い
最後の運命を決めた人間の義務として、どのようなところで1週間待つのか知らなくては・・・、と思い「犬舎を見せてください」といった。
「良いですよ」とこころよく答えてくれました。
・・・犬舎内は、心に残るすさまじい光景でした。
続く
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2007.04.22 (Sun)
うーんマイブームPart2
最近、「ヨーグルト」にはまってます。
ヨーグルトは前々から大好きで、朝はよく食べてました。
ただ、結構市販のヨーグルトって高いんですよね。
安いもので500gで¥98っていうのがあるけど、正直言ってあまり美味しくない。
ヨーグルトに関しては「値段↑=美味しさ↑」が成立する気がするのは私だけでしょうか?
好みだったのは「メグミルク」の銘柄で出してる、同じ銘柄の「恵」とうヨーグルトが好きでした。
ただし結構良いお値段がするので、毎日というわけには行きません。
たまに買うときがやっとの「贅沢」でした。
しかし、そこにまるで救世主のように私の前に現れたものがあります。
「カスピ海ヨーグルト」
ええっいまさらぁ〜? Σ(`Д´;)
なんて思う方もいるかも知れません。
確かに、このヨーグルトが以上に流行った時期があり、友人から「分けてあげようか?」などと誘われたことも幾度かあります。
しかしその頃の僕は今ほど、ヨーグルトに恩恵を憶えてもいなければ、料理に凝ってもいませんでした。
しかし、最近ヨーグルトが大好きになって来た矢先に、ギター文化館の知り合いに「ヨーグルトあげるよ」と言われて、大喜び。
しかし、問題は「味」です。
いくら自分で作れても、美味しくなければやる気も失せます。
そんでもらったヨーグルトを試食しましたが、これがまた「美味しいんです」
なめらかな口当たりと、ほどよい酸味、固さも適度で、スプーンですくったときの「粘り具合」がまたいい感じでした。

作り方も至極簡単で、以外と短時間にできます。
1,まず新しい牛乳を1パック(1リットル)買ってきて、口になるべく触らないように開く。
2,2分目くらいコップに移して、同じ量くらいの「種ヨーグルト」を入れます。
3,上からすこし先ほど取っておいた牛乳を入れて、またまた口に触らないように気を付けつつ閉じます。
4,閉じた先にラップで雑菌が付かないようにかぶせて洗濯ばさみでつまんでおく。
5,口が開かないように軽く天地返しをゆっくりと行って、中を攪拌して、後は1日常温でおいておくだけ。
6,後は冷蔵庫で保存
だんどりが多いと感じますが、用は「種入れて振って1日おく」です。
こんな簡単だとは思いませんでした。
しかも美味しいんです。
最近1週間くらいは毎日朝食がこれです。

結構良い感じの酸味で、バナナと良く合います。
皆さんもいかがですかいね?
お肌つるつる、便秘知らずで、私の場合アレルギーも抑制されてる感じです。
初めは「アレルギーに効く」と言うことで始めたんですからね。
ヨーグルト食は。
ちなみに、写真のヨーグルトは僕の元に来てから「4世代目」です。
なかなか良いですよ。
2007.04.21 (Sat)
うーんマイブーム

初めは「ブレンダー」が欲しかったのですが、高くて買えましぇん!
てな感じなので、手頃なフードプロセスサーを購入しました。
チタンカッターで、おろし(荒・細)、スライス、千切り、ミンチ(チョッパー)などの機能が付いて、4800円でした。
本当を言うと、ブレンダーのように豆もひけるし、鍋の中でミンチ作れたり、ジューサーにもなるのが欲しいんですが、今はこれで我慢です。
でもかなり使い勝手が良いですよ。
最近の流行は、カレーとシチューです。
カレーを作るときに、まず以前紹介した方法でスープを取り、肉を別にとっておいて、スープに炒めた野菜を加えますが、このときにチョッパーで細かく砕いた野菜群を絞って炒めてから入れるようにしました。
入れる野菜は
・タマネギ(大量に3個分くらい)
・セロリ(丸々1本)
・キャベツ(半玉くらい)
・ニンジン(2本)
・キノコ類(ブナシメジとか1パック)
・その他季節のあまり野菜
これだけで鍋がいっぱいになりそうですが、その通りで、野菜スープと鶏スープだけでカレーができちゃいます。
フードプロセスサーで細かくすると、野菜汁が出るので、それは絞って別にして先にスープに加えちゃいます。
絞った野菜を、順番にフライパンで炒める→鍋に投入を繰り返して、カレーの素スープを作っていきます。
んで煮込み上がった頃に、カレールーを入れてカレーにしてしまう。
その出来上がったカレーに、最後に鶏肉を入れてチキンカレーの出来上がりです。
最近は、鶏肉じゃなく、豚肉ミンチを使って、竹の子カレーを作りました。今年は竹の子豊作のようで、沢山もらいます。
嬉しい限りじゃ。
しかし・・・
また写真忘れた ・゜・(ノД`;)・゜・
作るの夢中になって、気づいたときにはお腹に収まっているんだよぅ
(ノд-。)
2007.04.19 (Thu)
今更ながら
先日、今更ながらに「キル・ビル」を見ました。
見るのは初めてです。

レンタルなどで借りようかな?と何度か思いつつ、そのうちにPart2なんか出ちゃって、何となく借りる気なくて、ずっと来たのですが、先日友人宅でそのDVDを発見して、貸してくれるというので、家に帰って、休みの日にビール飲みながら見ました。
休日の昼間にビールの見ながら見る映画は、良いですね。
しかしどうかな?この作品は。
日本をかなり誤解している?作品かな?と感じました。
もしくはわざと「アメリカ人から見た日本は、こんなんだよ!」とでも言っているようでしたね。
以前「オースティンパワーズ」を見たときに、日本の文化をかなり誤解してデフォルメして描いているのを見ると「吐き気」がしたのを思い出しました。
おまえら全然分かってねぇだろ
(((((;`Д´)≡⊃)`Д)、;'.・ク゛ハッ!!
タランティーノがそばにいたら、こうしてたかも・・・。
何で服部半蔵が「刀鍛冶」なの?しかも「沖縄」で?
千葉真一が出てるというのも驚きましたが、國村準が出ているのには、さらに驚きました。
しかもちゃんと渋い演技で、たまらない存在感を出していて、周囲のおかしな日本語がやけに「コメディー」に見えるほどでした。
その存在感素敵な「ボス田中」も一瞬でルーシー・リューに首をはねられ、なんだか分からないうちにボスの座についちゃった・・・。
全体を見回して、こんなB級も良いところの作品にあんなにすごいキャストがくめたのは何故なんでしょう?
ハァ━(-д-;)━ァ なんでしょねぇ〜
ただ、そこんところを割り切って「コメディB級だから」と腹を決めて見始めるまでに1時間くらいかかりましたが、その後はわりと楽しめました。
セリフの滑稽さを見ないようにして、その内容と豪快さだけを楽しめばなかなか面白かったです。
だって、ルーシー・リュー好きだし「チャーリーズエンジェル」はちゃんと見ました。

この雰囲気はなかなかいかったですよ。
あと、これはいいなと感じたのは「栗山千明」さんですね。
もちろん日本人だから、セリフがきっちりしてたのは言うまでもないですが、途中のアクションシーンは「見もの」ですね。

CG使ってのバトルシーンなんでしょうけど、先っちょに「マインスター」みたいなイボイボ鉄球がついた武器、中国武術の「流星錘(りゅうせいすい)」の捌きがすごいし、性格的にかなり「やばい」雰囲気が最高でした。
さすがは、北野たけしの「バトル・ロワイヤル」に選ばれた若手女優さんです。しかも茨城出身ですね、美人だし最高です。
でも・・・
なんで名前が「ゴーゴー夕張」なんだ?
(´゚艸゚)∴ブッ
この辺が超B級だってのよ(ノд-。)
最終的には、「キル・ビル2」も見たくなりました。(ノд-。)
2007.04.14 (Sat)
とりじゃが煮
先日、肉じゃがが突然食べたくなり、ジャガイモ・にんじん・しらたきなどを購入し作ろうとした。
そこで、そのときにカレー用に作った「鶏スープ」が目に入る・・・。
このスープで肉じゃが作ったら美味かろうな・・・しかし、それでは肉じゃがではなくなるかも・・・豚肉だろうやっぱり・・・しかし、作ってみる価値はある・・・しかし、明日はカレーを作ると決めて作ったスープだったのに・・・
などと、つまらない葛藤をしながら、スープとにらめっこすること5分。
「よし、鶏じゃが作るべ」
それで早速調理開始。
鶏スープとそのお肉を使う以外は、肉じゃがと一緒。
ただし、ジャガイモは長崎の新じゃがで、タマネギは新タマネギ。
新じゃがは皮つけたまま料理するのが僕のセオリー、美味いんです。
新タマネギは煮込むと甘いよね、柔らかくて形が無くなります。

材料はこんな感じそしてスープ。

今回のスープは、写真のルクルーゼではなく「圧力鍋」で出してみました。圧力時間はざっと20分くらいですが、じっくり出したのと変わらないほどこくがあり、色が透明なスープになりました。

まずタマネギを炒めて、鍋に投入

その後、別に切ったお肉とにんじんを炒めて投入

そして皮付きジャガイモを炒めて投入。

新じゃがは洗うときに気をつけないと皮が簡単にむけちゃうから、たわしは使わず手で洗います。そんで溝に詰まっている土だけはちゃんと掻き出しておけばよし。

ここで、少し追い水を入れて、一煮立ちするまで中火でぐつぐつ。
ルクルーゼの鍋は「最大火力」で使用してはいけません。
中火以下で使うようにします。
それでも、普通の鍋の倍くらい煮込み力があります。
灰汁をすくって、網しばらく煮込んでから味付け。
基本的に、醤油・みりん・酒だけです。

みりんの変わりに今回は「母の味」という「みりん風調味料」でも、化学調味料を使用していないもので、結構おいしいですよ。
写真左側の醤油は「お常陸(おひたち)」といって、地元土浦の柴沼醤油の高級醤油で、1升3000円ほどします。
この瓶で、1000円以上するんですよ。
でも、まるでだし醤油のような風味の豊かなおいしい醤油です。
これはちょっぴりだけ使います。
基本は真ん中の「手作り醤油」で、これは1升1000円ほど。
決してやすくはありませんが、安心して使えるおいしい醤油です。
ジャガイモが良い感じに煮上がったら、これらの調味料を入れて、白滝を投入し、またしばらく煮込みます。
15分くらい煮込んだら、火を止めて翌日まで放置。
煮込み料理のポイントは「冷ます」事にあり!
冷ますことで、うまみがぐぐっと食材に入り込むんです。
カレーが2日目が美味い、というのもこれがその秘密の一つ。
そんなわけで、鶏じゃがが出来ましたが・・・
・・・残念ながら完成形の写真を撮り忘れてました。
くう(;ノД`)ダメ
テーマ : ひとりごとのようなもの ジャンル : 日記
2007.04.14 (Sat)
春の景色

春と言えば、さくら・・・それもほぼ終わりですね、川原をみると次の春の花が咲き誇っていて、ついつい写真を撮りました。

八郷の用水路
綺麗ですね、菜の花は川原一面にブワーっと咲いていました。

今年の桜は、暖冬だ暖冬だ、早咲きだ遅咲きだ、と騒がれつつも昨年とさほど変わらない時期に咲いて、冷たい雨にさらされていました。
この時期の里山は綺麗ですよ。
山桜が淡い桃色で山肌を彩って、川原では原色の菜の花が黄色に繁茂して、その中に入ってみると、ついこの間まで冬だったのか?と思うほど虫がブンブンと飛び回ってうるさいほど。
八郷では北海道にいるときはあまり感じられなかった、昔からの日本の風景、春というものを感じられます。
北海道の春は、それはそれで素敵です。
山に行くと、まだあちこちの日陰に残雪がのこり、雪解け水が川を流れて、その川縁には「ふきのとう」がつぼみを出していて、それを摘んで帰ってみそ汁にはなしたり(実家では知るものなどに、刻んだ何かを入れることをはなすと言いますが、こちらではあまりいいませんね、方言でしょうか?)、たらんぼやその他山菜といっしょに天ぷらにしたりします。
少しすると、水芭蕉などの水生植物が花を咲かせ始めるので、春から初夏にかけて山にカメラをもって入るのが好きでした。
春〜初夏と言っても、5月下旬から6月下旬までくらいです。
今はまだまだ北海道は春一歩手前、二歩手前です。
北海道の春の時期は、こっちでは「梅雨」の入りくらいです。
八郷の景色は良いですよ〜(^o^)
2007.04.07 (Sat)
初コンサート?
私の両親ははカトリック教会の信者で、私も洗礼を受けています。
そのため、昔から日曜日になると「教会」へいき「ミサ」を受けるのが日常でした。今では近くに教会がないことや、日曜日に仕事があることから、茨城の教会にはほとんど行っていません。
そのうち余力が出てくれば、行くこともあるかもしれません。
信仰を失ったつもりはありませんので・・・。
実は今でも「想い」の一つに「司祭」になりたいという気持ちがあります。
結婚まで考えた女性がいて、結局よく分からない理由で分かれて今だ彼女も出来ずに独り身でいるのも、何となく「そのため」に道が敷かれている?ような気もします。
だからといって、今の仕事を投げ打つつもりもなく、「導かれるままに生きよう」と最近は想っています。
神様はその人に必要な試練、召命(導き)を与えるものですので。
今を一生懸命生きていれば必要な道を示してくださるでしょう。
ところで、日曜日はその後幼なじみのTと、近隣のドライブに行ってきました。地元を出てからもう10年、色々な自然現象や変化が近隣でも起こってました。
まず有珠山、2001年に噴火して、私はその噴火状況をインターネットでラオスから観察していました。
おじさんの家は新噴火口から1kmと離れておらずに、特に大きな被害は無かったものの、避難生活を強いられたそうです。私は同じ山の噴火、30年くらい前の噴火を見ていた記憶がありますから、やたら短いペースでの噴火する火山なのです。22年しか期間があいてないそうです。
そんな感じで過ごした、日曜日、夜は私が料理をして父上にご馳走して差し上げました。
さすがに広い実家のキッチン。
料理のしがいがありましたね。
そんな日曜日を過ごして、月曜日はギター制作家の「小森曠(こもりひろし)先生」のお宅におじゃましました。
詳しくはこちら
小森先生訪問ブログ
そして火曜日、すごい日でした。
伊達市には「カルメル女子修道会」というのがあるのですが、ここに建てられてから、すでに20年以上が建ちます。
僕は子供の時からこの修道院に出入りしていて、ミサをあげるときの手伝いや、大きな祭事や、年越し、クリスマス、など必ずここにきていました。
そのため院長様からも格別に目をかけて頂いていて、実家に帰るたびにご挨拶に伺っています。
そして久しぶりに帰るこの修道院で、院長様と話していると「是非演奏を聴きたい」といわれては否やはありません。
火曜日に演奏会を晩の7時から始めることを約束して、実家に帰って練習しました。
30分くらいの時間を演奏すれば、何となくギターを知ってもらえるかな?と思い、色々と曲目を考えた。
といっても悩むほどレパートリーはありませんが・・・。

カルメル修道院
そして当日、6時頃に修道院へ行き
緊張をほぐしつつ、食事をいただいて、聖堂で準備しました。
演奏曲目は以下の通り。
・禁じられた遊び/作者不詳
・ファンタジー/ヴァイス
・ラグリマ/F.タレガ
・アルハンブラの想い出/F.タレガ
・エチュード月光/F.ソル
・サクラ変奏曲/横尾幸弘
・魔笛の主題による変奏曲/F.ソル
・アラビヤ風奇想曲/F.タレガ
僕のレパートリー知っている人であれば、「ああ、またか・・・」と感じるかもしれませんが、「魔笛」を実際にコンサートに入れたのはかなりの冒険でした。
実際にかなりの「険しい道のり」ではありましたが。
非常に響きの良い聖堂で、荘厳な雰囲気だったので「大聖堂/バリオス」を入れようかと想いましたが、さすがにそれ一曲弾いただけで、指が終わってしまうことが予想されたので、やめました。
お話と、演奏とを織り交ぜて、終わってみると1時間近くも時間が過ぎてました。これほど長い時間1人で誰かに聞かせる・・・いわゆる「コンサート」にようなものをやったのはこれが初めてでしたね。
それぞれ、良い緊張感の中で「魔笛」以外はそれほどミスタッチもなく、自分でも「現時点では」それなりによかった演奏会だったと思います。
人前で弾くと言うだけでなく、よく知っている人たちに、自分の成長を知ってもらえたような何ともいえない喜びを感じられました。
シスターの皆様、母様院長様、ありがとうございました。
小森先生宅の訪問といい、この初コンサートといい、何とも豊かな「帰省」だったと思います。
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2007.04.05 (Thu)
北海道の旅2007その2
帰った日は夜も遅かったので、すぐに寝てしまいました。
翌日、久しぶりにすーっと町の中を歩きました。
車社会になり、自分自身も社会人になってからはほとんど歩くことは無かった町です。
まともに歩く、のは中学生時代以来?いや小学生以来か?
社会が便利になると、人間大切な物を見失うというのは本当のようです。
このお散歩では久々に見た、懐かしい風景、そして新しい風景がじっくりと目に飛び込んできて、懐かしい、そして新しい新鮮さ、色々な感情が沸き起こってきました。
車で回ってたらおそらくは気づかなかった色々な風景があります。
余人が通っても何にも気づかない風景の中に、自分だけが気づける、感じ取れる何かがある・・・それが故郷、育った町なんだと言うことがよく分かった一日でした。

伊達の町1
どうってことない田舎の何にもない風景。このなんて事のない風景の中に、思い出があります。写真の中の家は子供の頃からあって「まだあるんだ」と思うだけでなんかうれしくなります。

伊達開拓記念館
しばらく歩いてて、ふと気づいたのがここ。
「伊達開拓記念館」仙台伊達家の末裔が、入植し開拓を行った歴史や、伊達家の持ってきた所蔵品などが展示されています。
正直、伊達に育った僕でも、今まで一度しか入ったことがありません。
小学校の時に授業できた記憶がありますが、どんな物があったかは全然記憶になかった・・・。
ということで入ってみることに。
館長さんとおぼしき方が、じっくりと説明してくださいまして、なかなか有意義な時間が過ごせました。子供の頃にはない感覚、自分の町の歴史に思いをはせる年になったような気がします。

迎賓館
入植したときに、伊達家の住まいとして建てられ、後に迎賓館として使用されていた建物で、記念館の隣にあります。
記念館敷地を一通り歩いて、出ると子供の頃よく利用した図書館があって、ついついよってしまいました。
別段読みたい本があるわけでもなく、昔のほんの並びを思い起こしながら、現在の物を見て回るうち、ある物を発見。
マンガ棚の手塚治虫コーナーです。
ブログにも書きましたが、いま「Pluto」を浦沢直樹がリメイクしていて、それにはまってます。
ずーっとその原作、アトムの「地上最大のロボット」を読みたかったのを思い出して、アトムの単行本を次々と探していきました。
ありましたね・・・13巻でした。

地上最大のロボット
この懐かしい空間で、読みたかった本が読める事に、何となく感動を覚えながら、読書スペースでゆったりとアトム13巻を読破しました。
コーヒーでもあればもっと最高でしたね。ま、図書館だし・・・。
図書館から出ると「東山(ひがしやま)」が大きく見えて、その風景は全く変わっていませんでした。
うっすらと雪をかぶり、大きく東に連なる連峰。何となく八郷を思い起こします。複雑な郷愁でした。

東山
色々と歩いていると、昔とは全然変わってしまった風景もありました。

川
この川は、僕の母校の小学校そばを流れる川ですが、昔はヘドロだらけの汚らしいドブ川でしたが、今ではすっかり整備されて綺麗な散策公園になっていました。
すてきに綺麗に変わった河原を歩いて、なぜかちょっとだけ寂しくなりました・・・何ででしょう。
すでに地元を離れて12年近くたとうとしてますが、すでに自分が知らない町になってきている事を知ったからでしょうか?
北海道でも気候がよいことで知られるため、高齢者の移住者も多い町です。
僕の実家の周りも、昔は我が家しか無かったのに、今では周りがすべて囲まれてしまってます。
にぎやかになるのも良いけど、昔遊んだ空き地や、通り抜けてた脇道に家が建ってたり、みんなで栗拾いしていた大木が道路拡張のために切り倒されて無くなっている・・・何となく、寂しくなってしまいましたね。
でも、いつか帰って来るかもしれません。
ここであれば何が無くとも、何とか生きていけそうな気がします。
それが故郷なんでしょうか・・・。
2007.04.05 (Thu)
インフルタミフル 宇宙歴20070405
40度のK点越え(危険のK)は初めてかも知れませんね。
朝から全身に悪寒が走り、これはおかしいと感じたものの、体温計で測っても「36℃」前後で平熱でした。
しかし間違いなくいつもの熱の出る前兆だったので、朝ご飯を食べて風邪薬を飲んでとりあえず出勤。
以外と「無理」をするのが好きな僕「何処まで行けるんだろう」とか「倒れるほど頑張るってのはどんな感じなんだろう」とへんなカタルシスを感じてしまう、ちょっぴり・・・いやドMな僕は体温計を片手に仕事してました。
12時頃、熱が上がってきたのを感じて計ってみると、37度5分くらい、確実に上がってきています。ただし忙しい状況もあり、知られたくないので、密かに計測。しかし感じられる悪寒は耐え難いものになってきていたので、薬局へ行って風邪薬と熱冷ましを購入しました。
昔から飲む熱冷ましよりも「坐薬」で慣れてきたせいもあって、「坐薬」を探すものの「最近は坐薬はなくなってきていますね」とマツ○ヨの店長。
時代は変わるんですね、坐薬の方が体への負担も軽いし、効果も高いので今までは高熱を出したら、坐薬を使うようにしてましたが、確かにこんな高熱を出したのは数年ぶりでした。
購入したものの「体の自然な反応だから熱はあまり下げない方が良い」という信念もあり、ちょっぴりのMな性格も働いて、いざというときまで飲まずにおこうと考えていて夕方の5時頃。
仕事に一区切りがついたので、早々に帰宅しました。
直前に計った体温は38度を超えていました。
食事準備ができないほど悪寒が走り、購入した弁当を食べて薬を飲んで、まだ熱冷ましはいらん、と頑張りつつ様子をみて炬燵でうたた寝。
起きてみると9時頃でものすごい暑さと悪寒と全身のうずきがあり、体温計を指してみると、目を疑うような数値が・・・
なんと「39度」を指してます。
実はこの体温計、水銀が少し切れてて、正確な数値を指しているかどうかは分かりませんでした。ただし切れている小さい水銀の破片がかなり離れていて、その分だけ短くなっている状態です。
おそらく見た目の温度よりも高い可能性がある、そう判断して「救急病院」へ行くしかないと思いました。
病院へ行ってまず検温して出た結果が「39度5分」もうすぐK点です。
診察の結果「典型的なA型」と言われ、噂の新薬「タミフル」を5日分処方されました。
A型というのは血液型の話しではありませんよ、インフルエンザの型です、確かによく「君は典型的なA型血液の人だね」とはよく言われますが。
保険使っても4000円弱かかりました、さすが新薬、高価です。
ま、異常行動や異常言動があっても一人暮らしだから誰にも迷惑掛けないし、1階平屋作りだから飛び降りても30cm程度で心配なし。
車通りも少ないので、それほど心配はしてませんでした。
むしろどんな風な感覚になるのかが楽しみなくらいでしたね・・・。
飲んでしばらく自分をモニタリング。
ちょっとだけ違和感が感じられました・・・「不安感」とでも言うのでしょうかね?
ひどくはありませんが、これがひどくなるとじっとしていられないというか、何というか・・・。
子供にはこの感覚が異常に大きくでるのかもしれませんね、わかりませんが・・・ただ薬が効いているという感覚でもある気がします。

しかし最近ではいろいろ問題となっていても、やっぱり一番の特効薬、どうしても頼らざるをえないのでしょうか?
副作用が「異常行動」という「直接的」危険副作用ではなく、異常行動の結果として飛び降りたり、車道に飛び出したりという「間接的」な危険のために、厚生省側も「しょうがないんじゃないか?」という気持ちがあるような感じもします。
「ちゃんと保護者が見張っていれば、大丈夫じゃないか。親としての責任を果たしていれば、危険はない。インフルエンザ自体の方が危険だ!」と言われれば確かにそうかもしれません。
昔であれば、家にはお母さんが居て、年老いたおじいちゃんやお婆ちゃんが居て、近所の人ともつき合いがあり、子供のそばに誰かが必ずいたものでしたが、今では核家族で夫婦共働きで・・・という家庭が普通になってます。
何となく経済活動に躍起になりすぎた人間、日本人の抱え込んだ「因果」が巡っているように感じます。
「しょうがない」ですませて良いんでしょうか?
どうなるんだろう日本・・・。
なんか暗くなってしまいましたが、明日からまた北海道の旅続編に戻ります。
テーマ : ( ゚д゚ ) ・・・・・・、 ジャンル : 日記
2007.04.03 (Tue)
2007年フェリーの旅 宇宙歴20070402
3月21日に土浦市民会館での「寺内タケシ」コンサートを終え、翌日の夜中のフェリーで北海道へ向けて出航しました。
夕方の便も考えたのですが、いざ実家に帰ろうと思うと冷蔵庫の中身整理したり、整理した食材食べたり食べきれない分は人にあげたりしたり、掃除して、全ての待機電力切って、大家さんと新聞屋さんに電話して・・・等々やってると、とても間に合いそうもなかったので、ゆっくりと友人に大洗まで送ってもらい、夜中23時59分発(12時発で良いと思うんだけどねぇ)のフェリーに乗り込みました。
初めてフェリーに乗るわけではないけど、今回の船は初めての船でした。「商船三井フェリー」の「さんふらわあ しれとこ」という船です。
それぞれの寝台が別れてる2等寝台しかない船なので、割と楽な旅だったと思いましたね。
なんで船の旅なのかというと、簡単に言って「安いから」です。
あとは地元「茨城大洗」から僕の地元からほど近い「苫小牧」港に向かうので、送り迎えが頼みやすい。
今の家から大洗まで、裏道通って1時間ちょっとで着きます。
実家からも1時間半、高速使えば1時間かからずに実家まで帰られます。
今までは車と一緒に帰ることもできるし、と言うことでフェリーを使ってました。フェリーだと繁忙期にかかわらず値段が一緒なので、予約さえ取れれば、車付きで帰っても飛行機料金より安く済みます。
地元でレンタカー借りることを考えると圧倒的に安いし便利。
これがフェリーの良いところです、
ちなみに私は船には結構強いタチなので、船酔いはよっぽど海が荒れない限りかかりません。船の中のお風呂も結構良いんですよ。
そんな船旅でしたね。

甲板からの風景
結構天気がよい船旅で、何度か甲板出たりしました。
このくらいのフェリーになるとヘリポートもあるんです。

甲板のヘリポート
ヘリポートは使わずに航海を終えたいと、願った僕でした。
またこういった天気の良い日の航海の醍醐味はやっぱり夕日でしょう。
素敵な夕日が水平線上に沈んでいきます。

甲板からの夕日
素敵でしょう?
船の上では、どんなに忙しい人でも、仕事から、日頃の喧騒から解放されて時間を過ごせます。
携帯も通じないし、何処にも出て行けないし。
本を読んだり、ラウンジで海を眺めたり、寝てたり・・・本当にゆっくりとこういった風景が楽しめます。
そんな時間が過ごせるので、僕は船旅が好きなんですね。

ラウンジにて。
ラウンジからは船の前方が見えていて、なかなかの素敵な空間でした。
船が安いと言っても、片道1万円します。
飛行機で安いパック旅行を探せば、往復で3万円くらいの安い物もある昨今では、あまり船はいい交通手段とは言えないかも知れません。
しかし、長期の休みが取れるのであれば、船の上でゆっくりした時間をすごすのも良いのではないでしょうかね?
大洗→苫小牧は19時間半ほどかかります。
この時間を利用して大好きな「夢枕獏」の小説を、3冊ほど読破してしまいました。
最近は家に帰るともう遅いので、寝る間際にチョコッと読むだけで、ページが遅々として進まないものでしたが、沢山読めて何となく充実感がありました。
こんな時間を年に一度は持ちたい物です。
テーマ : ゜+.(・∀・).+゚ ジャンル : 日記
2007.04.01 (Sun)
長らくご無沙汰を 宇宙歴20070331
動くんですが、ADSL接続が出来ない状態で、現在もマンガ喫茶からのアップです。
何やってるんだか・・・(^^;)
何とかネットでる状況まで、修理もしくは新しいパソコンを調達しなければいけませんが、お金もなく車も購入したばかり・・・。
しばらくはマンガ喫茶からのアップか?
思いやられます。
とりあえず休みの間は結構「充実した」休みが過ごせました。
ブログのアップが出来なかったのだけが心のこりです。
木曜日:友人にターミナルへ送ってもらって、夜中23:59発のフェリーに乗る。
金曜日:ほとんどフェリーの中であったが、ためてあった大好きな「夢枕漠」の小説を3冊読破。夜に北海道到着し、兄に迎えにきてもらうも事件が起こりフェリー埠頭で1時間の待ちぼうけに。
土曜日:久しぶりに母方の本家へ行って、お婆ちゃん始めご先祖様にご挨拶、そして修道院へ。
日曜日:
月曜日:父方の本家へ行って、こちらもご先祖様へのご挨拶と近況報告。昼から北海道で唯一のギター製作家「小森曠」先生宅へ突撃訪問。
火曜日:実家の整理。修道院でギターの演奏会。
水曜日:実家の整理、帰る準備
木曜日:飛行機に乗って東京へ、甥っ子の東京案内。
上記のような日程で、過ごしてきましたが、後ほど一つずつ詳しくアップします。
今日はこれまで


