2007.07.23 (Mon)
もう少ししたら
このブログを消去するのはしばらく据え置いたままにすることにしました。
せっかく始めたんだものね
でも、気分が乗らないのでしばらくはアップしないでしょう。
まともな内容は・・・。
気が向いたらアップすると言うことで、しばらくはアップしません。
ではしばらくのお暇を。
せっかく始めたんだものね
でも、気分が乗らないのでしばらくはアップしないでしょう。
まともな内容は・・・。
気が向いたらアップすると言うことで、しばらくはアップしません。
ではしばらくのお暇を。
2007.07.19 (Thu)
もうすぐ
最近、非常に気分がすぐれない日が続いています
原因は色々あるんですが・・・なんというか感情のコントロールがうまくいきません
だからブログもアップネタがあっても、何となくやりたくなくてねぇ・・・そのまま書き込んだら大変なこと書きそうで
見ている人がいると言うことは分かってますが、しばらくしたらこのブログは閉じようと思います
それまではちょこちょこと気分次第でアップと言うことで。
先日、古い友人が電話をくれた
本当に突然電話をくれた
まるで、僕の心の危機を察してくれたかのように
本当にありがたかった
電話口にはふたりの昔の親友がいた
きっと彼らはそんなこと考えてもいなかったろうけど
その声はとても素直に心に響いてきて懐かしかった
たわいもない近況報告で終わった電話だったがとってもうれしかった
電話が終わった後、話題にのぼった他の友人のことに記憶をはせた
なんだか本当に懐かしい
そんな気持ちと同時に強烈に寂しさもこみ上げてきた
電話口で「おまえが淋しいんじゃないかとおもってよぉ〜」などと言われた
いつもなら「ばっかじゃねぇの? おまえこそ淋しくて電話かけてきたくせに、えらそうに・・・」などと返す自分だったが、あまりにあたっていたので一瞬言葉につまった。
「・・・あぁ・・・そうか俺さみしいんだ・・・」分かっていたことを強烈に実感させられた気がした
感づかれただろうか?・・・なんだかその後の声が優しく聞こえる・・・
この電話してきたふたりとはいつ合っても、例え何年合ってなくとも、いきなりあって「それでさぁ・・・」とまるで1分前まで一緒にいた友人のように話すことができる
「おまえのそんなところが駄目なんだ・・・それはおまえが間違っている・・・」
お互いに何でも言える本当の友達だった
本当に信頼し合っていたんだなぁ・・・とあらためて思う
そんなやつらを思い出すと、いま自分にはそんな友人が周りに誰一人いない状況だと言うことが鮮明に感じてしまい、そのコントラストが心に寂しい・・・と感じさせられた
いま、とっても状況が苦しい・・・
じぶんで勝手に思っているだけかも知れないが・・・たよれる人・・・心の底から信じられる人・・・そんな人がいない
おそらくここ1・2年でおきた事で、心の障壁が分厚くなったのだろうと思う
だから自分のせいなのだろう・・・この状況すべて・・・
心底信じることをしなくなったのだと思う
頭では信頼しなければいけないと分かっている
でもちょっとしたことから信頼は薄れる・・・
この人は本当に信頼できるのか?とあら探しをするような目で監視しているのだから無理もない・・・
あるひとが言った言葉が心に刺さった
「どうせこの土地に生きるものと、外から入って来た人では覚悟が違う・・・、外から入って来た奴らは、自分のすることがうまくいかないと、スーッとまたどこかへ行けばいい、逃げれば済むんだと言う気分でやってる、だから自分勝手な事ができるんだよね、迷惑だよね・・・」
・・・あっ・・・これ俺のことだ・・・
たしかにうまくいかなかったら帰るしかない・・・帰りたい
特に人間関係がこじれた場合は都会とは違って住みにくい場所となる
こういった田舎の良さはコミュニティーが近いことが一つにはあるから、地元の人にとけ込んで、認められてコミュニティーに入れてもらって生活するのであれば、この場所はどこよりも住みよい、昔の里山風景が心を癒す土地であると思う
しかし地元の人とうまくいかないのであれば、その生活は失敗と言うしかない
だからうまくいかないのであれば、そのあとの生活もまともにはできない
親戚や家族でもいれば、血のつながりや何らかのつながりで助け合うことも関係を続けていくこともできるであろう
しかし、ここに何のルーツも持たない僕のような人間はどうすればいい?
むしろ「この土地から出て行け!」と言われる方が気分が軽い
逃げるしかない・・・
意固地になって土地に居座って戦って戦って・・・その土地に周囲との軋轢や諍いを続けて、その土地に踏ん張っていてどうなるというのでしょう
自分で芸術でも孤独に創作していく人であればいいかもしれない
むしろ一人にしてくれ・・・と言うかも知れない
強い人であれば、周囲と交わらずとも生きていけるかも知れない
でも僕は違う・・・
あらためて思う・・・僕は本当に弱い人間だ・・・
ラオスという国・・・僕が配属された村・・・そういった開発途上国の片田舎の村ではそういった事もあった・・・
でも・・・受け入れてくれた人たちがいた・・・食堂の母さん・父さん・そしてその息子達・・・僕の兄弟
家族として扱ってくれた・・・悪いことをしたら怒られたし・・・こっちが悪いところを指摘しても受け入れてくれた
古い友人のせいでラオスの家族まで思い出してしまった
どうしてくれる
帰りたい・・・
そんな思いが強烈に心に吹いている・・・
でもどこに?・・・・北海道?・・・それともラオス?・・・それともそれ以外のどこか?
こんなんじゃいけない・・・そう思って楽しみを見つけようと・・・
面白そうだな・・・と言うことには挑戦してみたりしている・・・
でも最近ではギターへの情熱も急激に冷めてきている・・・
朝も晩もギターに触らない日が続いている
ここは、こんな風に人を信じられない自分がいて良い場所では無い、と言うことは誰よりも分かっている
文章を書き始めるともう止まらなくなる自分がいる
打ち込んでいると涙が出てきた
やっぱりこのブログは閉鎖しようと思う
そのうち他で始めるでしょうけど公表はしないでおこう
カジ・コーキありがとう
原因は色々あるんですが・・・なんというか感情のコントロールがうまくいきません
だからブログもアップネタがあっても、何となくやりたくなくてねぇ・・・そのまま書き込んだら大変なこと書きそうで
見ている人がいると言うことは分かってますが、しばらくしたらこのブログは閉じようと思います
それまではちょこちょこと気分次第でアップと言うことで。
先日、古い友人が電話をくれた
本当に突然電話をくれた
まるで、僕の心の危機を察してくれたかのように
本当にありがたかった
電話口にはふたりの昔の親友がいた
きっと彼らはそんなこと考えてもいなかったろうけど
その声はとても素直に心に響いてきて懐かしかった
たわいもない近況報告で終わった電話だったがとってもうれしかった
電話が終わった後、話題にのぼった他の友人のことに記憶をはせた
なんだか本当に懐かしい
そんな気持ちと同時に強烈に寂しさもこみ上げてきた
電話口で「おまえが淋しいんじゃないかとおもってよぉ〜」などと言われた
いつもなら「ばっかじゃねぇの? おまえこそ淋しくて電話かけてきたくせに、えらそうに・・・」などと返す自分だったが、あまりにあたっていたので一瞬言葉につまった。
「・・・あぁ・・・そうか俺さみしいんだ・・・」分かっていたことを強烈に実感させられた気がした
感づかれただろうか?・・・なんだかその後の声が優しく聞こえる・・・
この電話してきたふたりとはいつ合っても、例え何年合ってなくとも、いきなりあって「それでさぁ・・・」とまるで1分前まで一緒にいた友人のように話すことができる
「おまえのそんなところが駄目なんだ・・・それはおまえが間違っている・・・」
お互いに何でも言える本当の友達だった
本当に信頼し合っていたんだなぁ・・・とあらためて思う
そんなやつらを思い出すと、いま自分にはそんな友人が周りに誰一人いない状況だと言うことが鮮明に感じてしまい、そのコントラストが心に寂しい・・・と感じさせられた
いま、とっても状況が苦しい・・・
じぶんで勝手に思っているだけかも知れないが・・・たよれる人・・・心の底から信じられる人・・・そんな人がいない
おそらくここ1・2年でおきた事で、心の障壁が分厚くなったのだろうと思う
だから自分のせいなのだろう・・・この状況すべて・・・
心底信じることをしなくなったのだと思う
頭では信頼しなければいけないと分かっている
でもちょっとしたことから信頼は薄れる・・・
この人は本当に信頼できるのか?とあら探しをするような目で監視しているのだから無理もない・・・
あるひとが言った言葉が心に刺さった
「どうせこの土地に生きるものと、外から入って来た人では覚悟が違う・・・、外から入って来た奴らは、自分のすることがうまくいかないと、スーッとまたどこかへ行けばいい、逃げれば済むんだと言う気分でやってる、だから自分勝手な事ができるんだよね、迷惑だよね・・・」
・・・あっ・・・これ俺のことだ・・・
たしかにうまくいかなかったら帰るしかない・・・帰りたい
特に人間関係がこじれた場合は都会とは違って住みにくい場所となる
こういった田舎の良さはコミュニティーが近いことが一つにはあるから、地元の人にとけ込んで、認められてコミュニティーに入れてもらって生活するのであれば、この場所はどこよりも住みよい、昔の里山風景が心を癒す土地であると思う
しかし地元の人とうまくいかないのであれば、その生活は失敗と言うしかない
だからうまくいかないのであれば、そのあとの生活もまともにはできない
親戚や家族でもいれば、血のつながりや何らかのつながりで助け合うことも関係を続けていくこともできるであろう
しかし、ここに何のルーツも持たない僕のような人間はどうすればいい?
むしろ「この土地から出て行け!」と言われる方が気分が軽い
逃げるしかない・・・
意固地になって土地に居座って戦って戦って・・・その土地に周囲との軋轢や諍いを続けて、その土地に踏ん張っていてどうなるというのでしょう
自分で芸術でも孤独に創作していく人であればいいかもしれない
むしろ一人にしてくれ・・・と言うかも知れない
強い人であれば、周囲と交わらずとも生きていけるかも知れない
でも僕は違う・・・
あらためて思う・・・僕は本当に弱い人間だ・・・
ラオスという国・・・僕が配属された村・・・そういった開発途上国の片田舎の村ではそういった事もあった・・・
でも・・・受け入れてくれた人たちがいた・・・食堂の母さん・父さん・そしてその息子達・・・僕の兄弟
家族として扱ってくれた・・・悪いことをしたら怒られたし・・・こっちが悪いところを指摘しても受け入れてくれた
古い友人のせいでラオスの家族まで思い出してしまった
どうしてくれる
帰りたい・・・
そんな思いが強烈に心に吹いている・・・
でもどこに?・・・・北海道?・・・それともラオス?・・・それともそれ以外のどこか?
こんなんじゃいけない・・・そう思って楽しみを見つけようと・・・
面白そうだな・・・と言うことには挑戦してみたりしている・・・
でも最近ではギターへの情熱も急激に冷めてきている・・・
朝も晩もギターに触らない日が続いている
ここは、こんな風に人を信じられない自分がいて良い場所では無い、と言うことは誰よりも分かっている
文章を書き始めるともう止まらなくなる自分がいる
打ち込んでいると涙が出てきた
やっぱりこのブログは閉鎖しようと思う
そのうち他で始めるでしょうけど公表はしないでおこう
カジ・コーキありがとう
2007.07.08 (Sun)
ブログ
一昨日77777ヒットで携帯からブログアップしましたが、携帯からのアップっていまいちパッとしないですね。
味気ないというか、つまらんというか。
私の書いている内容がつまんないんですね・・・
・・・よく見ると。
(;゚皿゚)キー
家からもアップできるようになったんだから、もうちょっと内容は考えるようにしますね。
本来ですと本日のネタは「武士の一分」DVD買っちった。
だったんですが、昨日見ている最中に・・・いつの間にか寝てました。
けっして面白くなかった訳ではありません。
ちゃぁんと映画館でもみたし・・・
・・・しかも正月元旦に・・・
・・・ひとりで誰にも邪魔されずに見たし・・・
・・・べつにさ・・・
別に淋しい訳じゃないんだよ
アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ
ネタがないだけです・・・・
。(。/□\。)。・゚ウワーーーン!!!!
味気ないというか、つまらんというか。
私の書いている内容がつまんないんですね・・・
・・・よく見ると。
(;゚皿゚)キー
家からもアップできるようになったんだから、もうちょっと内容は考えるようにしますね。
本来ですと本日のネタは「武士の一分」DVD買っちった。
だったんですが、昨日見ている最中に・・・いつの間にか寝てました。
けっして面白くなかった訳ではありません。
ちゃぁんと映画館でもみたし・・・
・・・しかも正月元旦に・・・
・・・ひとりで誰にも邪魔されずに見たし・・・
・・・べつにさ・・・
別に淋しい訳じゃないんだよ
アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ
ネタがないだけです・・・・
。(。/□\。)。・゚ウワーーーン!!!!
2007.07.06 (Fri)
本日はカレー





本日の料理は「黒豆カレー」です。
始めに鶏のスープを作って、肉を上げて玉ねぎとニンニクをいれて、煮込みます。
黒豆はフライパンでいってから投入。
出来上がりはなかなかの味でした。
クロマメからコクガ出て深い、そして厚みのある味というか、になりました。
なかなか満足。
ちなみにライスじゃなくてスパゲッティです。
いいですよ、これもp(^^)q
φ(.. )
携帯で送って、パソコンで処理し直してみました。
2007.07.05 (Thu)
えらいものを見てしまった気分
ひどいものを見てしまった・・・
朝から・・・・
あさ、いつもブログのチェックや、朝日新聞のサイトをチェックしたりするんですが、朝のニュースでちらっと「中国の割り箸があぶない」等という言葉を聞いたので、ネットで調べていた・・・。
すると、3年くらい前の2チャンネルのスレッドでそういう内容のスレが立ち上がっていて、ずーっと見ていた。
確かにやばいようだけど・・・
その中にリンクが張ってあったサイトで、強烈な画像が飛び込んできた。
中国つながり・・・と言うことで出てきたのでしょうけど・・・。
初めは、子供(胎児?)を食べているおじさんの映像でした
初めは「グロッ!」と思いながらも、「CGだろ?」とたかをくくって見ていましたが、どうやらそうではないらしい・・・。
つぎのリンクサイトでは、なんと・・・子供(胎児)がまな板の上に乗っている映像、水やお酒で洗っている映像と、それを姿煮で料理されたものを食している映像でした・・・。しかもかなり鮮明です。
直前に食べたものをはき出しそうになりました・・・
そのくらいグロイ映像です。
間違いなく夢に出そうな、1週間は引っ張りそうな映像でした。
確かに中国って、動くものは何でも食べる食文化でしょう。
なにせ4000年の歴史があります。
ある権力者は美貌や不老不死を願って食した事でしょう。
ある人は食べるものがなくて食した事でしょう。
日本でも、戦国時代や、大飢饉が発生したとき・・・戦争中にもそういう事例はあったでしょう・・・
人が人の肉を食す・・・
なんと言うことなのでしょう・・・
おそらく今日見た映像は、おそらく富裕層の人たちが、不老不死や、珍しいものを食したくて料理して食べているものであると推測されます。
それを考えると、本当に吐き気がしてきました・・・。
無理矢理奪ったとは考えにくいので、おそらく産まれる直前に堕胎せざるを得なくなった子供を買っているのか、それとも流産・死産した胎児なのか・・・
お金に困った人が、そういった「趣味」を持つ集団にお腹にいる子供を売ったのか・・・
・・・さまざまな憶測が僕の頭をよぎります。
・・・人間というのは本当に罪深い生き物だな・・・
・・・生きるためにはしょうがない部分であれば、納得もできます。
そうしなければ餓死する・・・食べた人は、食べられた人の分も生きなくてはなない、そうやって「命のリレー」の様につないでいく「生」であれば、理解できなくとも納得できます。
どっちを選ぶ?と聞かれれば、私は「食べられる」方を選びますが・・・
しかし、「欲」や「お金」のために意識のない胎児とはいえ、子供が取引される・・・しかも「食材として」というのは、納得も理解もできませんね。
「文化」という言葉でまとめて欲しくはないものです。
大好きな夢枕獏の小説「荒野に獣咆吼す」と言うものがあって、その中でインドネシアのある部族に伝わる風習で、死んだ父の「脳みそ」を食べるというくだりがありました。
それだって、おそらくは実在した風習などをもとに脚色されて「小説」に中に現れているのでしょう。
しかし想像するにその「行為」には風習的・宗教的な意味合いがあって「命を受け継ぐ」という意志の元に行われる「神聖」なものであると思います。
どうなんでしょう・・・
こうやって・・・自分の考えをまとめて見ると・・・
・・・人間の行為というのは、本当にその「意識」の持ちようで「邪悪」なものにもなるし、「神聖」なものにもなるんですね。
私も東南アジアで生活していた時期に「牛の胎児」を食したことがありますが、それは残酷な事でもありますが、確かに「食文化」の一つでした。
「欲」から発せられる事がすべて「いけない」としてしまうと「文化」の根底が揺らぐ気もします。
だからといって「欲求のまま」生きることが「文化的」とは決して言わないでしょう・・・・
なんだとりとめないので、終わりにします。
気分が悪いのは変わりません・・・。
朝から・・・・
あさ、いつもブログのチェックや、朝日新聞のサイトをチェックしたりするんですが、朝のニュースでちらっと「中国の割り箸があぶない」等という言葉を聞いたので、ネットで調べていた・・・。
すると、3年くらい前の2チャンネルのスレッドでそういう内容のスレが立ち上がっていて、ずーっと見ていた。
確かにやばいようだけど・・・
その中にリンクが張ってあったサイトで、強烈な画像が飛び込んできた。
中国つながり・・・と言うことで出てきたのでしょうけど・・・。
初めは、子供(胎児?)を食べているおじさんの映像でした
初めは「グロッ!」と思いながらも、「CGだろ?」とたかをくくって見ていましたが、どうやらそうではないらしい・・・。
つぎのリンクサイトでは、なんと・・・子供(胎児)がまな板の上に乗っている映像、水やお酒で洗っている映像と、それを姿煮で料理されたものを食している映像でした・・・。しかもかなり鮮明です。
直前に食べたものをはき出しそうになりました・・・
そのくらいグロイ映像です。
間違いなく夢に出そうな、1週間は引っ張りそうな映像でした。
確かに中国って、動くものは何でも食べる食文化でしょう。
なにせ4000年の歴史があります。
ある権力者は美貌や不老不死を願って食した事でしょう。
ある人は食べるものがなくて食した事でしょう。
日本でも、戦国時代や、大飢饉が発生したとき・・・戦争中にもそういう事例はあったでしょう・・・
人が人の肉を食す・・・
なんと言うことなのでしょう・・・
おそらく今日見た映像は、おそらく富裕層の人たちが、不老不死や、珍しいものを食したくて料理して食べているものであると推測されます。
それを考えると、本当に吐き気がしてきました・・・。
無理矢理奪ったとは考えにくいので、おそらく産まれる直前に堕胎せざるを得なくなった子供を買っているのか、それとも流産・死産した胎児なのか・・・
お金に困った人が、そういった「趣味」を持つ集団にお腹にいる子供を売ったのか・・・
・・・さまざまな憶測が僕の頭をよぎります。
・・・人間というのは本当に罪深い生き物だな・・・
・・・生きるためにはしょうがない部分であれば、納得もできます。
そうしなければ餓死する・・・食べた人は、食べられた人の分も生きなくてはなない、そうやって「命のリレー」の様につないでいく「生」であれば、理解できなくとも納得できます。
どっちを選ぶ?と聞かれれば、私は「食べられる」方を選びますが・・・
しかし、「欲」や「お金」のために意識のない胎児とはいえ、子供が取引される・・・しかも「食材として」というのは、納得も理解もできませんね。
「文化」という言葉でまとめて欲しくはないものです。
大好きな夢枕獏の小説「荒野に獣咆吼す」と言うものがあって、その中でインドネシアのある部族に伝わる風習で、死んだ父の「脳みそ」を食べるというくだりがありました。
それだって、おそらくは実在した風習などをもとに脚色されて「小説」に中に現れているのでしょう。
しかし想像するにその「行為」には風習的・宗教的な意味合いがあって「命を受け継ぐ」という意志の元に行われる「神聖」なものであると思います。
どうなんでしょう・・・
こうやって・・・自分の考えをまとめて見ると・・・
・・・人間の行為というのは、本当にその「意識」の持ちようで「邪悪」なものにもなるし、「神聖」なものにもなるんですね。
私も東南アジアで生活していた時期に「牛の胎児」を食したことがありますが、それは残酷な事でもありますが、確かに「食文化」の一つでした。
「欲」から発せられる事がすべて「いけない」としてしまうと「文化」の根底が揺らぐ気もします。
だからといって「欲求のまま」生きることが「文化的」とは決して言わないでしょう・・・・
なんだとりとめないので、終わりにします。
気分が悪いのは変わりません・・・。
2007.07.04 (Wed)
2重奏
前回の演奏会で「カルリ」の2重奏がそこそこ気分良く終わったので、調子に乗って次に入ろうと考えています。
その次の曲は・・・
・・・2重奏曲の王様・・・「アンクラージュマン/F.ソル」です。
「L'Encouragement」となっていますので、「ランクラージュマン」と呼ぶ人もいますが、私は高校時代から「アンクラージュマン」と聞かされてきましたので「ラン・・・」と聞くとちょっと違和感がありますが、呼び方なんてどうでもいいっす。
「幻想曲 励まし」とか「慰め」とか邦題がついています・・・
この訳も良いのですが、昔の楽譜を見ると「慰安」(いあん)とか付いてました
・・・曲のイメージに合わない気がします・・・。
・・・(#´Д`#)イヤン・・・って感じです
なんか、むりくり訳さなくても良いのに・・・(´゚艸゚)∴ブッ
時代背景なのでしょうか?
あまり言うと先人に失礼なのでこの辺で・・・
それで、いま悩んでいるのは、楽譜が大きく分けて2種類あると言うこと・・。
高校時代にちょっと囓ったことがあるのだが、その楽譜と今回新たに購入した楽譜が違っていた。

これは高校時代使っていた物と同じ楽譜。
おそらく現代ギター社で発売していた赤い「ソル2重奏曲集」からのものであると思われる。
何が違うかというと・・・
このバージョンの楽譜は、旋律パート・伴奏パートが1st、2ndで途中入れ替わって行きます。
しかしどうやら「源譜」では入れ替わらないようなのですね。
私の知っている楽譜は入れ替わるものが普通だと思っていたので、難易度は1stも2ndも「同じくらい」でした。
どうなのでしょうか?
新たに出版された「ソル全曲集」の中の解説では、1stが「生徒」2ndが「先生」となっているいるようなので、おそらく入れ替わる必要はないのでしょう・・・レッスンの一環であれば・・・そしてそういう意図で作曲されているんでしょうし・・・。
「ジョン・ウイリアムス&ジュリアン・ブリーム」もこの曲を録音しているがどっちで録音しているのだろう。
音色の変化を聞く限り、入れ替わっている気がしますが、同じ弾き手が音色変えているだけなのかも・・・。
でも、対等な関係で掛け合いの様に変化して行くのが、いい感じのような気がします。
・・・入れ替わる方でやっておけば、どっちにも対応できるし・・・
・・・それ以前に・・・・
・・・どっちだろうとちゃんと弾けるレベルにあるのかどうかが心配です・・・
(;´▽`A``アセアセ
その次の曲は・・・
・・・2重奏曲の王様・・・「アンクラージュマン/F.ソル」です。
「L'Encouragement」となっていますので、「ランクラージュマン」と呼ぶ人もいますが、私は高校時代から「アンクラージュマン」と聞かされてきましたので「ラン・・・」と聞くとちょっと違和感がありますが、呼び方なんてどうでもいいっす。
「幻想曲 励まし」とか「慰め」とか邦題がついています・・・
この訳も良いのですが、昔の楽譜を見ると「慰安」(いあん)とか付いてました
・・・曲のイメージに合わない気がします・・・。
・・・(#´Д`#)イヤン・・・って感じです
なんか、むりくり訳さなくても良いのに・・・(´゚艸゚)∴ブッ
時代背景なのでしょうか?
あまり言うと先人に失礼なのでこの辺で・・・
それで、いま悩んでいるのは、楽譜が大きく分けて2種類あると言うこと・・。
高校時代にちょっと囓ったことがあるのだが、その楽譜と今回新たに購入した楽譜が違っていた。

これは高校時代使っていた物と同じ楽譜。
おそらく現代ギター社で発売していた赤い「ソル2重奏曲集」からのものであると思われる。
何が違うかというと・・・
このバージョンの楽譜は、旋律パート・伴奏パートが1st、2ndで途中入れ替わって行きます。
しかしどうやら「源譜」では入れ替わらないようなのですね。
私の知っている楽譜は入れ替わるものが普通だと思っていたので、難易度は1stも2ndも「同じくらい」でした。
どうなのでしょうか?
新たに出版された「ソル全曲集」の中の解説では、1stが「生徒」2ndが「先生」となっているいるようなので、おそらく入れ替わる必要はないのでしょう・・・レッスンの一環であれば・・・そしてそういう意図で作曲されているんでしょうし・・・。
「ジョン・ウイリアムス&ジュリアン・ブリーム」もこの曲を録音しているがどっちで録音しているのだろう。
音色の変化を聞く限り、入れ替わっている気がしますが、同じ弾き手が音色変えているだけなのかも・・・。
でも、対等な関係で掛け合いの様に変化して行くのが、いい感じのような気がします。
・・・入れ替わる方でやっておけば、どっちにも対応できるし・・・
・・・それ以前に・・・・
・・・どっちだろうとちゃんと弾けるレベルにあるのかどうかが心配です・・・
(;´▽`A``アセアセ
2007.07.02 (Mon)
The 趣味人 o(゚Д゚)っスゴッ!
昨日は、寝たのが3時頃、起きたのが8時だったので、かなり眠かったのですがちょっとお出かけをしてきました。
いつもギター文化館にいらっしゃっているK玉さんという、ギターコレクターの家へ遊びに行って来ました。
土浦のマンションにお邪魔して、コレクションのギターを見に行ったのですが、色々と弾かせて頂きました。
以外と気に入ったのが「ヤマハ・グランドコンサート・シリーズ」で「GC−7D」という1972年のものでした。
35年経っているとは思えない綺麗なギター・・・おそらくレストアされているのだろうと思いましたが、つやつやしたいい音でした。
その他も、松井邦義、一柳一雄(フェルナンデス?社)、田村廣、ロマニリョス、ゲルハルト、ベルンドなど様々弾かせて頂きました。
ギター文化館に持ってくるときに良く触らせて頂いていますが、演奏する環境が違うとギターの印象も変わるものだ・・・とつくづく感じました。
銘器を色々と演奏できるというのはすごいことです。
楽器屋さんでもないのに・・・。
しかし、そのKさん「趣味人」という言葉に相応しい人物で、さまざまなオーディオにも昔から凝っていらっしゃったようです。
ぱっとオーディオラックに見えたこれ何だと思います?
上の小さい黒いものは、もちろんスピーカーです、その下の円筒状のものですが・・・

はじめ、一つしか見えなかったから「傘立て」?かと思っちゃいました。
・・・家の中の・・・しかもオーディオラックに何故・・・・?
傘立てなんてあるわけ無いでしょ、実はこれ「スピーカー」です。
結構古いんですが、いわゆる「全方向スピーカー」という奴のはしりなのでしょうね。
120°のスピーカーが3方向に向かって合わさっていて、円筒内内側に下に向かって「ウーハー(重低音用スピーカー)」が付いているそうです。
・・・すごい・・・
んで次に目に付いたのがこれ

・・・ちょっと、すごいんですけど・・・オープンリールのデッキです。
昔はこれが流行った時期もあったそうですが、現在でも使用している人は、かなりの趣味人だと言えるでしょう。
実際にかけて聞かせて頂きました。
その音質・・・・素晴らしいです・・・。
その後にCDを同じアンプを通して聞いてみたのですが、音質が明らかにオープンリールテープに劣っていました。
すごいですね・・・。
ジャズの名曲「Take5」などが入ったテープを聞かせて頂きましたが、すごくいいんですね。
こんなシステムで、オーソドックスなジャズでも聴きながら、ウイスキーでも傾ける・・・こんな素敵な時間が過ごせそうです。
素晴らしい時間を過ごせました・・・ありがとうございます。
また遊びにいきます。
いつもギター文化館にいらっしゃっているK玉さんという、ギターコレクターの家へ遊びに行って来ました。
土浦のマンションにお邪魔して、コレクションのギターを見に行ったのですが、色々と弾かせて頂きました。
以外と気に入ったのが「ヤマハ・グランドコンサート・シリーズ」で「GC−7D」という1972年のものでした。
35年経っているとは思えない綺麗なギター・・・おそらくレストアされているのだろうと思いましたが、つやつやしたいい音でした。
その他も、松井邦義、一柳一雄(フェルナンデス?社)、田村廣、ロマニリョス、ゲルハルト、ベルンドなど様々弾かせて頂きました。
ギター文化館に持ってくるときに良く触らせて頂いていますが、演奏する環境が違うとギターの印象も変わるものだ・・・とつくづく感じました。
銘器を色々と演奏できるというのはすごいことです。
楽器屋さんでもないのに・・・。
しかし、そのKさん「趣味人」という言葉に相応しい人物で、さまざまなオーディオにも昔から凝っていらっしゃったようです。
ぱっとオーディオラックに見えたこれ何だと思います?
上の小さい黒いものは、もちろんスピーカーです、その下の円筒状のものですが・・・

はじめ、一つしか見えなかったから「傘立て」?かと思っちゃいました。
・・・家の中の・・・しかもオーディオラックに何故・・・・?
傘立てなんてあるわけ無いでしょ、実はこれ「スピーカー」です。
結構古いんですが、いわゆる「全方向スピーカー」という奴のはしりなのでしょうね。
120°のスピーカーが3方向に向かって合わさっていて、円筒内内側に下に向かって「ウーハー(重低音用スピーカー)」が付いているそうです。
・・・すごい・・・
んで次に目に付いたのがこれ

・・・ちょっと、すごいんですけど・・・オープンリールのデッキです。
昔はこれが流行った時期もあったそうですが、現在でも使用している人は、かなりの趣味人だと言えるでしょう。
実際にかけて聞かせて頂きました。
その音質・・・・素晴らしいです・・・。
その後にCDを同じアンプを通して聞いてみたのですが、音質が明らかにオープンリールテープに劣っていました。
すごいですね・・・。
ジャズの名曲「Take5」などが入ったテープを聞かせて頂きましたが、すごくいいんですね。
こんなシステムで、オーソドックスなジャズでも聴きながら、ウイスキーでも傾ける・・・こんな素敵な時間が過ごせそうです。
素晴らしい時間を過ごせました・・・ありがとうございます。
また遊びにいきます。
2007.07.01 (Sun)
演奏会
演奏を 終えて おのれの未熟知り
ふええええ(-.-;)
本日、私も参加する演奏会が終了・・・。
2重奏でしたが、まぁまぁのでき・・・・だったと思います。
しかし終わると不思議と「あそこはこうしたかった、ああしたかった」と未熟さを痛感します。
でも、今日は割と「緊張」を見方にできたような気がします。
緊張のほぐし方は色々あると思いますが、最近やっていて効果があるのは「ド緊張カチコチ法」です。
別に意味はありませんが、むしろ出番の前に目一杯緊張を高めると言う方法です。
・緊張している前の演奏者を見て、自分が弾いている気になって、緊張感ポイントUP。
・さらに、ミスタッチしている演奏者を見て自分を重ねて、さらに緊張感ポイントUP。
・普段は弾けてるのにできない自分を想像して、緊張感ポイントUP。
・いつもミスタッチしているところをやっぱりミスタッチして、その後の演奏がロレロレになってしまって、最悪の場合弾き直し・・・なんかなったりして・・・という状況を想像して、緊張感ポイントUP。
・そんなこと考えている間に、どんどん近づく自分の出番を意識して、緊張感ポイントUP。
・・・・この辺から手がびっしょりになってます。すこし想像力を変化させて
・(ギター握りながら)会場内一杯のお客様を想像して、緊張感ポイントUP。
・何となく旨く演奏しちゃって、ちょっと気持ちよかった演奏後を想像して、そんなふうならいいなぁ・・・と妄想して
・演奏し終わって、会場が「おお〜すごい」と感心しながら、拍手を暮れることを妄想しながら、緊張感ポイントUP。
・とにかくポジティブな妄想をして緊張感ポイントUP。
このくらいになってくると、イメージトレーニングと言うより、ただの妄想野郎になってます・・・
でも、この位していると演奏直前くらいに「緊張感のピーク」を迎えることができます。
不思議なもので、緊張感はピークを過ぎると結構すーっとひいていきます・・・何ででしょうか?
そんな感じで緊張感に慣れるのか、分かりませんが「頭の中がホワイトアウト」という極限の状態は回避できる傾向があります。
今日はもちろんミスタッチもありまして、結構あれれという瞬間もあったのですが、ほとんど止まることはなく、落ち打ついて次の小節から復帰できました。
こういう状態を何度か経験してますが、こういう状態になると結構「逆に」調子が良くなり、いつも弾けなかった箇所がすんなりと弾けたりします。
いつも見ている風景がすこし見やすくなる気がします。
ギターの指板がいつもより大きくはっきりと見えるような気がして、指も思ったようにコントロールできるようなきがしました。
なんかいい感じの10分間でした。
たった1曲だからできることでしょうね、これは?
でも・・・・
さっき改めて、演奏の録音を聞いたら・・・・
・・・・結構ミスが多い・・・・
・・・・っていうより、かなりミスだらけでしたね・・・
・・・もしかしたら、緊張感高めすぎて、自分が旨く弾いたという幻聴でも聞いたかも知れません・・・
(TεT)アーン
ふふっ・・・分かったような事欠いていると馬鹿を見るよ
Ψ(`∀´)Ψヶヶヶ
と言うわけで、冒頭の1句となりました。
テーマ : (o´Д`)ハァ。。 ジャンル : 日記
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