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2007.09.12 (Wed)

ギターのレッスン

昨日もギターレッスンに行ってきました。


前にも書きましたが私の先生は水戸の中村俊三先生。

演奏が素晴らしく「こういう演奏がしたい」と思って習い始めました。


しかし、結構たいへんです。

よく先生から指導される時に言われますが、普通ギターを勉強する上ではやってきているはずのことをやらずに今まで来ているので「基本的な事」が身に付いていない私です。



ギターを始めたのは高校生の時、たまたまクラシックギター部があり、なんか音楽でも良いかな?と軽い気持ちで入ったのがきっかけ。


だって、吹奏楽部はほとんどの生徒が「経験者」だけで構成されており、もし吹奏楽の経験が無くとも、ピアノであったり、何らかの「音楽経験者」が入部しておりました。

そんなところに入っても、苦労するのは目に見えているし、ついていく自信も無かったところに、新入部員ほとんどが未経験者で固められている「クラシックギター部」は音楽をやりたいな・・・と軽く考えている高校生の目には魅力的に映りました。


確かに魅力的であったし、クラシック音楽、ギター音楽というものに初めて触れた僕にも入りやすい音楽でした。


高校での練習はもっぱら、アンサンブルでした。

先輩に持ち方から、はじき方、楽譜の読み方まで指導してもらい、1年生は各パートに振り分けられ、何を見込まれたか私は3thか4thパートが多く、ベースパートがほとんどでした。

自慢じゃないが、音楽経験もない私にはリズムパートは難しいものでした。

それが良かったのかも知れませんが・・・

もちろん独奏もやりましたが、特別教本にそって教わることもなく、やりたい曲を自分で決めて練習したり、先生がこれをやりなさいと曲を決めてその練習をしてました。

とうぜん別段「楽典」のような音楽の勉強もしていません。

ハ長調ってなに?ってかんじです。


とにかく弾ければいい・・・それだけでも大変な3年間でした。


それでも一通り頑張って、独奏曲もそれなりに身につけた僕・・・


2年生の終わりには「アルハンブラの想い出」を一通り暗譜し、弾けていました。

意外とセンスがあったのかも・・・とは思いません、もっと巧い人がいましたからね。


1年先輩のひとで、同じく高校からギターを初めて「グラン・ソロ」を弾きこなしていた人もいました。


若い頃の「学習力」はすごいものです。

このときに一杯練習や、ちゃんとした音楽理論をやっておけば今頃もうちょっと楽できたのかも・・・と思います。



でも、その時は「医学部」を目指して勉強もしてたし(結局工学部ですが)ギタリストになろうという気はさらさらない私でした。



これほど深く関わると分かっていればもう少し、身を入れてやったのですが、人生は分からないものです。


そしていままた、そこから離れます・・・ギターはやめませんが。



それで、レッスンの時に最近「小品」のレッスンを受けることが多い私です。


それは理由として「舞」のギターミュージックをやる、というだけでなく、そういった小品を教えてもらうことで、いままで通過してこなかったギターの教練をできればな・・・と言う気持ちからもあります。


僕は良く弾かれる小品には大曲にも通ずる「理論」が潜んでいると思っています。


それは、教わると分かるのですが、自分でも弾くのがやっと・・・と言う曲でレッスンを受けるのと、少し見ただけで弾くことができる曲、をレッスン受けるのとでは大きく意味が違います。


音楽への表現や理解を深めるのは後者の方が圧倒的に正しいと思います。


ここにこの調で言うところの「主和音」が出てくるから少し落ち着いて音を出す、ここには「属和音」がくるから、すこし強調する・・・など「作曲家の意図」を理解するには理論が必要だと言うことを、以前の先生は教えてくれました。

「曲というのは作曲家が残した手紙のようなもの、それを読んで人々に聞かせるのが後世の演奏家の仕事、だから作曲家の意図を正しく読みとってあげなければいけないんだよ。」

そしてそれを学ぶには「教本」に出てくるような、練習曲や小品を演奏する事が重要だと言うことも教えてくれました。

これは信じるに値する言葉でした・・・


それまでの私・・・その先生に会うまでの私のギターの練習方法というのは教本というものの存在すら知らず、ただ譜面を読んで演奏する・・・と言うことだけでした。


「作曲家の意図を理解する」という言葉に私は衝撃をうけたました
「その通りだ・・・でも、それでは一人では限界があるんだな・・・」


ギター・・・というか音楽をやる上ではやはり「指導者」は必要だと思います。ま、その初めてのギターの先生とは色々とあって、1年ほどで離れることになりましたが・・・



もちろん、指導者がいなくても「音楽」はできるし、楽しむこともできるでしょう。


しかし、指導してもらうことで、より深い楽しみ方、より強い達成感を感じることだと思います。


ある楽譜があってそれをどのように演奏しようとそれは個人の勝手でしょう。

でも、ただ好き勝手に崩して弾いたりするのと、理論や意図を分かった上で崩して弾くのとは大きな違いがあると思います。



いまの中村先生についてからは、まだ約半年・・・まだ師弟関係と言うには日が浅く、先生も私の知識や演奏のレベルを掴みかねているところなのだろうと思います。

僕がどこまで理論を知っているのか・・・←全然分かってませんて(T_T)

どれほど演奏できるのか・・・←全然弾けませんて(T_T)

どんな曲を弾いてきたのか・・・←好き勝手ばかりやってましたって(T_T)


だから、意外に難しい曲をやっているくせに「小品見て下さい」という私を「なんだこいつ?」とあきれているのかも知れません。



混乱させてごめん下さいませ・・・<(_ _)>


これでも結構根は真面目です・・・(>_<)



「普通にギターを習っていれば当然やっている曲ですがねぇ・・・」
先生も少々あきれ顔・・・本当にごめんなさい。




でも学ぶことは多いです、ちょっとしたことを知らない僕ですので、ちょっとしたことがとっても勉強になります。



今更ながらありがとうございます。


しかしながら最近は精神的に辛いことも多いので、音楽理論を勉強する元気が起きてきません。


元気になったら、もういちど先生の講義を見返すこともあるでしょうね。
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