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2007.09.18 (Tue)

小話好き

下書きのつもりが、一回間違って公開しました。修正して再び公開です。




私は、産まれたときから「カトリック」の信者です。


産まれたときから、と言うのは、産まれてすぐ「幼児洗礼」を受けていると言うことです。


両親が信者で地元の教会で洗礼を受けました。


高校もカトリック系ミッションの高校「札幌光星高校」でした。


そんな生い立ちや、教会での良い友人との出逢いもあって、教会での活動に高校・大学と張り切っていましたね。




しばらく離れてますが・・・






・・・その頃から読んでいた本に「アントニオ・デ・メロ氏」という方が書いた本があります。


神様のことを考えるとき、信仰というものを振り返るとき、ヒントとなる「お話」というか「詩」が1冊の本になっています。




色々なときに、自分を振り返ったり、自分を見つめ直すときに、ちょっと見ると何となく落ち着く「お話」です。





それで最近、その本を再び読み返している自分でした・・・


その中でも、考えさせられる好きな小話を紹介します・・・









<祈り>という章の一つです。








<怒れる猛牛>


師が祈っていると、弟子達がやってきて願った


「先生、祈りを教えて下さい」 彼は次のように諭した

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二人の男が畑を突っ切って歩いていた。

すると遠くから怒り狂った牡牛が猛然と駆けてくるのが目に入った。

土煙を上げて突進してくる牡牛から逃れるべく、近くの柵の方へ進もうとしたがとても柵にはたどり着けない、と観念せねばならなかった。

一人が仲間に向かって叫んだ。

「もう駄目だ。 どうにもならん。 祈りを唱えろ。」

仲間が叫び返した。

「祈ったことなんぞないんで、こういう場合の祈りを知らんのだ。」

「心配無用。追いつかれるぞ。どんな祈りだっていいのだ。」

「よし、ではおやじが食前に唱えているやつにしよう


神よこれからいただこうとしているものに、心から感謝します



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ありゃ?   ・・・ってかんじの結末ですが、少し立つとその意味深さに考えさせられます。



すべての物事は神より与えられたものであるから、試練だろうと喜びだろうと感謝して受け取らなければならない。それが信仰であり、祈りとはかくあるべきである・・・ということなのでしょうけども、私にはそれ以上の意味が隠されている気がしてなりません。



だからこそ心に残るのでしょうけど・・・。



こういった「考えさせられる」小話、と言うか逸話は好きです。







人について、神様について、自然について、そして自分について考える・・・

こういったことに考えを巡らしていると、何となく落ち着きます・・・
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