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2007.09.19 (Wed)

どこだろう・・・?

どうにもならない時に、逃れ逃れてたどり着く先。
それがなければ生きていけない・・・









小話好きな僕が、たまたま見ていた小説ブログでこんな言葉が目に入った。






確かに・・・そう思う。





近年は自殺者が年間3万人を越えるという統計が出ている。




現職の大臣までが「自殺」する時代・・・




日本人には「腹切りの美学」があるというが、この3万人のなかで、「美学」で死を選んだ人が何人いるのかな・・・?








死を選ばざるを得なかった人たち・・・彼らには「逃れ逃れてたどり着く先」というのが無かったのだと思う。





あるいは「逃れ逃れてたどり着く先」が「死」しか無かったんでしょう・・・





テレビではコメンテーターが「死を選ぶ前に、それが本当に自分にとって良いことなのか考えて欲しい」などという言葉を出しているが、「逃れる先」がない人たちの耳には届くことは難しいだろうと思う。





2chとかには自殺ようのサイトがあって、そのスレにはひっきりなしに書き込みがされる。




死にたい・・・



どうしてそう思うのか、は人それぞれの理由があるのかも知れないが、根底で抱えている心情は「逃れる場所」が見つけられないと言うことじゃないのかと思う





僕にはかろうじて「逃れる場所」がある・・・と思う。





それは、産まれ育った地の家や、家族であって、自分の信仰であって、昔からの心許せる友人だろう・・・




「逃れ行く先」という言葉を振り返って、その一つが家族や友人というものだと気づく




あらためて「人は一人では生きていけない」と言うことを実感する。





自分の存在を認めてくれる人がいる、自分のことを誰だか知っている人がいると言うことが無いと人間生きていけない気がする。




「自分の存在理由」を問われたとき・・・また自分に問いかけたとき、人はそれを他の人から見た自分に依存するんだろうと思う





誰からも認識されず、知ってもらえない人は不幸だし悲しいと思う・・・





「私は今まで自分一人で生きてきました」という空気を出している人にも出会うこともあるが、そういう人は、またある意味悲しいし、かわいそうだと思う・・・


自分にそのパワーを持続する力があれば良いかも知れないが、それを一生続けることは無理だと思うし、空虚だと思う・・・


自分を知る人が自分しかいない・・・と言うことだから・・・


でも、そういう人のために心底祈ってあげるほど、いまの僕は心が広くない・・・


でも、そんな心の広さを持つような自分でありたいとは思うから、言葉だけでは「幸せになってもらいたい」と言う・・・




まだまだ修行が足りませんな・・・・










僕はいったい誰なんだろう・・・考える・・・




今度、友人に聞いてみよう・・・




少なくとも自分を誰だか知っていると思う友人に・・・





そんなことを聞ける友人がいる、家族がいる僕は幸せなんだろう・・・




今日はそんなことを思ってみた・・・









さっ・・・今日も舞のギターミュージックの稽古があるから、頑張ろう・・・



ことば座のおふたりも僕の「ある一面」を知る人たちだろうと思う・・・



ありがたいことだ・・・

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