2006.11.24 (Fri)
航星日誌 宇宙歴20061123
昨日、ギター文化館へ泊まってた「東屋夢助師匠」を石岡駅まで送り届けて参りました。
おとといの水曜日にギター文化館で開かれた「寄席」のもう一方の人情話をかいつまんでここでご紹介。
夢助師匠は函館の人なんですが、この「噺」は実話から作られたものらしく、その登場人物の1人が函館(旧亀田村)へ入植しました。師匠自身が詳しく調べたそうですが、その人物を特定するには至らなかったそうです。
お題は「福禄寿」
(おそらく幕末〜明治頃)ある商家がありそこの旦那は非常に「商い」上手で家は繁盛していた、しかし「女」の方も盛んな人で作った子供が一杯いたそうな。しかしその奥様(正妻)が良くできた人で、いわゆる外腹(妾腹)の作った子供も自分の子供と分け隔て無く愛情を持って育てていた。子供が一人前になり、旦那も逝って、長男(正妻の子)が家を継いだ、しかしこの長男がいわゆる「出来損ない」で商才が無いのに株取引などに手を出してあっという間に商家の身代を傾けてしまった、家を勘当され、その跡目を継いだのは次男で「外腹」だった。しかしその次男は妾腹の自分を分け隔て無く育ててくれた「継母」に非常に恩義と愛情を感じており、それに答えんと心血を注いで家を切り盛りし傾きかけた身代を再び盛り返した。その間にも「兄」は何度か家を訪れては金の無心を繰り返し、すっかり疎まれものになってしまっていた。
しばらく経った、ある年の正月、戸を叩く音と共に母の元に長男が訪れた、今度こそにっちもさっちも行かなくなって、東京から出て行って北で農地を耕すという。その旅立ちに「500円」を餞別にくれまいか、というまたもや金の無心であった。母は断ろうと彼を説得していた所へ家を継いだ「弟」がやってくる。こりゃいけねぇ、と炬燵の中に隠れて潜んでいたら弟が、母に話している声が聞こえる。
「母上、正月ともなりますと、(お客の相手に)忙しくて食事する間もなかったでしょう、こちらに折り詰めを作らせました。そしてどなたかが訪う時もあろうでしょうから、ここにお酒を、そしてもし誰かにご用立てする事もあろうかと思いますので、こちらに500円程したためておきましたので、どうかお使い下さい」などと言って出ていった。
「兄」はこれはしめたと思い、その弁当を食べて、酒を食らって500円をいただいて、もう金輪際関わらない事を誓って出ていった。しかし酒のせいで足下がもつれて、出た先で転んでしまい、大事な金を落とした事に気づかずに行ってしまう。そのお金を「弟」が拾ってしまい、母に告げると母は平身低頭で「申し訳ない、おまえの兄に渡してしまったんだ」と泣きながら詫びたが弟は「分かってた」と言う。「すべて分かった上で、兄への餞別にと母に託したお金でした。しかし兄はきっと自分の「器」の小ささに気がづいて、その器に入りきらないお金を置いていったんではないでしょうか?これからはきっと立派にやっていけるでしょう。」と母に告げた。
そんなやりとりを、実は落とした金を探しに来てた「兄」は外で聞いていて初めて自分の「小ささ」に気づき、初めて母や弟の愛情を知り悔やんで母と弟に詫びる。そして、その後で弟が改めて差し出した「500円」を固辞して「それならば30円だけ頂けまいか?」といった。
その後、そのお金を基に福島県安達太良で荒れ地を買い、開墾して幾ばくかの資金を得た「兄」は再び「北」を目指して旅に出た。
そして最後には北海道に渡り、旧亀田村への入植に尽力したという。
噺のあらすじはこんなところで、これが夢助師匠の手にかかると、すばらしい人情話になる。観客の1人女性が本当に入り込んでしまって涙をボロボロ流しておいででした。
師匠は「これで家に帰ったら“女泣かしてきたぜ”って母ちゃんに言えるな。」と笑っておられました。「こんないいお客さんがて、俺は幸せだ」と言っておられましたね。

おとといの水曜日にギター文化館で開かれた「寄席」のもう一方の人情話をかいつまんでここでご紹介。

夢助師匠は函館の人なんですが、この「噺」は実話から作られたものらしく、その登場人物の1人が函館(旧亀田村)へ入植しました。師匠自身が詳しく調べたそうですが、その人物を特定するには至らなかったそうです。
お題は「福禄寿」
(おそらく幕末〜明治頃)ある商家がありそこの旦那は非常に「商い」上手で家は繁盛していた、しかし「女」の方も盛んな人で作った子供が一杯いたそうな。しかしその奥様(正妻)が良くできた人で、いわゆる外腹(妾腹)の作った子供も自分の子供と分け隔て無く愛情を持って育てていた。子供が一人前になり、旦那も逝って、長男(正妻の子)が家を継いだ、しかしこの長男がいわゆる「出来損ない」で商才が無いのに株取引などに手を出してあっという間に商家の身代を傾けてしまった、家を勘当され、その跡目を継いだのは次男で「外腹」だった。しかしその次男は妾腹の自分を分け隔て無く育ててくれた「継母」に非常に恩義と愛情を感じており、それに答えんと心血を注いで家を切り盛りし傾きかけた身代を再び盛り返した。その間にも「兄」は何度か家を訪れては金の無心を繰り返し、すっかり疎まれものになってしまっていた。
しばらく経った、ある年の正月、戸を叩く音と共に母の元に長男が訪れた、今度こそにっちもさっちも行かなくなって、東京から出て行って北で農地を耕すという。その旅立ちに「500円」を餞別にくれまいか、というまたもや金の無心であった。母は断ろうと彼を説得していた所へ家を継いだ「弟」がやってくる。こりゃいけねぇ、と炬燵の中に隠れて潜んでいたら弟が、母に話している声が聞こえる。
「母上、正月ともなりますと、(お客の相手に)忙しくて食事する間もなかったでしょう、こちらに折り詰めを作らせました。そしてどなたかが訪う時もあろうでしょうから、ここにお酒を、そしてもし誰かにご用立てする事もあろうかと思いますので、こちらに500円程したためておきましたので、どうかお使い下さい」などと言って出ていった。
「兄」はこれはしめたと思い、その弁当を食べて、酒を食らって500円をいただいて、もう金輪際関わらない事を誓って出ていった。しかし酒のせいで足下がもつれて、出た先で転んでしまい、大事な金を落とした事に気づかずに行ってしまう。そのお金を「弟」が拾ってしまい、母に告げると母は平身低頭で「申し訳ない、おまえの兄に渡してしまったんだ」と泣きながら詫びたが弟は「分かってた」と言う。「すべて分かった上で、兄への餞別にと母に託したお金でした。しかし兄はきっと自分の「器」の小ささに気がづいて、その器に入りきらないお金を置いていったんではないでしょうか?これからはきっと立派にやっていけるでしょう。」と母に告げた。
そんなやりとりを、実は落とした金を探しに来てた「兄」は外で聞いていて初めて自分の「小ささ」に気づき、初めて母や弟の愛情を知り悔やんで母と弟に詫びる。そして、その後で弟が改めて差し出した「500円」を固辞して「それならば30円だけ頂けまいか?」といった。
その後、そのお金を基に福島県安達太良で荒れ地を買い、開墾して幾ばくかの資金を得た「兄」は再び「北」を目指して旅に出た。
そして最後には北海道に渡り、旧亀田村への入植に尽力したという。
噺のあらすじはこんなところで、これが夢助師匠の手にかかると、すばらしい人情話になる。観客の1人女性が本当に入り込んでしまって涙をボロボロ流しておいででした。

師匠は「これで家に帰ったら“女泣かしてきたぜ”って母ちゃんに言えるな。」と笑っておられました。「こんないいお客さんがて、俺は幸せだ」と言っておられましたね。

テーマ : (ノ´∀`)ノ+。・。゜・。*+。・.。☆ ジャンル : 日記
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
| BLOGTOP |

