2007.10.03 (Wed)
最近思うこと・・・
※書き忘れていたことがあったので、加筆して再公開しました。
最近、秋が深まりいい季節になってきました。
この時期は夜が暑苦しくなくて、よく眠れるので大好きです。
寝過ぎる傾向もありますが・・・
休みの日となると、あまりに長い時間寝ているので、夜には眠れなくなります。
そういったことを避けようと、前の晩9時頃に寝ても、結局11時頃まで床を抜け出せず、14時間寝っぱなしと言うこともしばしば。
「寝だめ」ができると言う感じでしょうか?
私にとしては、1日のサイクルが24時間じゃ足りないような体質なのでは?と考えてしまいます。
寝る時間も、起きている時間も意識しないでいると、どんどん狂ってきますので。
10時間くらい寝て、18時間くらい起きている・・・1日が28時間くらいになるとちょうどいい気がします。
なんなんでしょ・・・
そういう私でも、最近の「秋の夜長」は読書や映画鑑賞で楽しんでいますが、ふっと気が付くとずーっと考え事をしてます。
テレビつけてても見ていない、本を開いていても読んで無い状態でずーっと時間が過ぎてる。
不思議です・・・本当にボーっとしている時間が過ぎてます。
でも、こういう時間が結構好きなのは何故なんでしょ・・・
最近考えていて、思うことがある。
僕は「贅沢」な人生を過ごしているねぇ・・・と
今まで、やりたいな・・・こんな仕事やってみたいな・・・と思った仕事には何故か縁があって、その仕事に就くことができた。
土木関係の技術屋の仕事、海外青年協力隊、JICAでの指導員、ギター文化館・・・
技術屋の仕事から、技術移転の国際協力事業、はたまた文化的な仕事まで様々、中には印刷屋というものまである。
これは、人間一人の人生としてみると、本当に贅沢なくらい様々な職業をこなしていると思う。
そのどれもが長くは無かったけど、良い経験・面白い知識を得られた気がする。
基本的に誰かに何かを伝える・・・という事が性に合っているかも知れない。
そういった意味では、国際協力の仕事をしていたときが一番充実していたと思う。
他のことに目を向けてみる
中学時代に好きな女の子がいてその子が吹奏楽をやってたせいもあり、音楽をやってみたいな・・・と思ったら、高校に入って「クラシックギター」という素晴らしい楽器と音楽に出会えた。
音楽というものにであえた・・・というのは本当に素晴らしいことだったと思う。
音楽は自己表現の一つ。
他にも無数の自己表現の方法があるとは思うけど、その中でも最も人間の感性というか、心の奥底までを人に伝えられる手段で、しかも言語や人種に縛られない、素晴らしいものだと思う。
そんな音楽に出会えたのは、きっとあの子を好きになったせいだったし、札幌のあの高校に行けたからなんだと思う。
不思議な巡り合わせを感じます。
この高校は実は行けそうだった進学校を諦めて「2番手」として選んだ学校だった。
しかも、1級先輩の幼なじみがその高校へ行っていなかったら、きっと行くことは無かったろうと思う。
振り返って、人生の中での一番最初の大きな転機は「札幌光星高校」を選んだことだろうと思う。
人生やり直せるなら、おそらく高校時代を選ぶだろう、それだけは間違いない。
高校時代から大学時代は、ミッション系の高校だったと言うこともあって、カトリック教会の高校生の集い、青年の集いにその全青春を注ぎ込んだと言っても過言ではなかった。
そこで、生涯の友と呼べる友人に出逢い、信仰に出逢った。
好きな女性とも出会い、交際することもできた。
今から考えても、可愛くて、性格が良く、素敵な女性だった。
何であんな女性が一時でもこんな僕と付き合って、別れて、また付き合うなどと言うことを繰り返したのか? 今でも信じられない。
おつき合いした女性を思い返してみると、どれも素敵な女性ばかりだった。あらためて自分が面食いなのであると言うことが分かる・・・。
俺って贅沢な人生過ごしているな・・・
自分で努力しなくても、不思議な導きで最高の友人と出会い、素敵な女性と出会い、素晴らしい音楽にも触れている。
正直高校選びに関しては、もうちょっと頑張って、もうちょっと度胸があれば地元の公立進学校に行けたと思う。
でも、なんであそこで「光星高校」を選んだのか不思議・・・
導かれているんだ・・・と感じる。
では今は? と考える・・・
仕事はどうしようかと、悩んでいる。
これだけ「贅沢な人生」を送っているのだから、そろそろ「おかえし」をする必要があるんじゃないだろうか? と考える。
そういう観点で新しい仕事やこれからの人生を考えていけば、道は意外にも簡単に開ける気がするこの頃・・・
何をすれば、誰にお返しをすればいいのかな?
お父さん? お母さん? 恩師? ・・・どれも違う気がする。
もちろん、そういった自分が育つために手を貸して下さった人たちにおかえしするのは当たり前だろうけど、自分の人生をしっかりと持って、幸せに生きていればそれ自体が「おかえし」となる気がする。
だからもっと広く考えなきゃならないとおもう。
仕事も探さなきゃ・・・生き方以前に。
生きていくためには、働かなければならないのは当たり前で、社会や家族のお荷物になるつもりはない。
何をしようと言うことよりも、10年後の自分を想像してみる。
どんなことしてるかな?
ちょっと前までは「人間努力すれば、何でもできる」と思っていたが、現実はそうでもないことに気づく。
確かに、努力してどんなことにでも挑戦すると言うことは素晴らしいことだと思うし、そうでなければ人類は進化していかないとも思う。
そうはいっても、育ってきた環境というもので、それぞれの人間に向いているもの、向いていないものがあるのはむしろ当たり前で、そこに適正というものがあるのだと思う。
人生が定まらなくても不安を感じなかった、ちょっと前の自分なら「新しいことに、全くやったことがない事に挑戦するのが良いだろう。新しい自分の適正が見つかるかも・・・」と思っていた。
最近、色々な仕事をやってきたこともあり、色々な人間と出会い、自分という物を見つめる時間が多かったこともあり、何となく自分の適正という物を分かってきた気がする。
だから、きっと「こんな事できるだろうか?」という全くの挑戦はしないでしょうね。
例えば・・・コンビニ店長とか・・・パチンコ屋の店員とか・・・とくに「お客様は神様です」的な職業は向かないですね。
ま、経験のためだけに「水商売」的な仕事も短期間ならやってみたいと思いますが・・・バーテンとか・・・話しを聞いたり、話しをするのは嫌いじゃないし・・・
それはさておき、おそらく今後選ぶ職業は心から「この仕事でやっていける」と感じたときだろうと思います。
そうでなければ、明らかに「腰掛け」ですね。
うーん、腰掛けで「水商売」も悪くないかも・・・地元に帰って行きつけの飲み屋に頼んでみるか・・・?
でも、やっぱり心に引っかかるのは、国際協力・・・かな?
自分が持ってる財産、知識や経験、技術を人々に還元することができて、けっしてそれが利益追求のためでなく、関わる人たちの発展に寄与する、そんなのも一つの「おかえし」だと思う。
国際協力の仕事では足かけ5年間関わっている、でも「何かを達成した」という気持ちが抱けずに、何となくやり残しを感じているのも事実。
できれば、もう一度「青年海外協力隊」に参加したい気がする。
「専門家」という道もあろうけど、門が狭いし現場から2年以上離れていると、難しいと思う。
また「協力隊」だからこそできる、感じられる達成感がある気がする。
「気がする」だけかも知れないが、確かめに行きたい。
でも、もうひとつ見えかけている道もある・・・
今年の3月に地元の修道院の院長様に言われた言葉が心に残っている。
僕の結婚が駄目になったと聞いて院長様が言った一言
「あらっ・・・そうなの? それじゃ神様が力くんをがっちり捕まえているのかも知れないわね? きっとそうよ。」
最近、秋が深まりいい季節になってきました。
この時期は夜が暑苦しくなくて、よく眠れるので大好きです。
寝過ぎる傾向もありますが・・・
休みの日となると、あまりに長い時間寝ているので、夜には眠れなくなります。
そういったことを避けようと、前の晩9時頃に寝ても、結局11時頃まで床を抜け出せず、14時間寝っぱなしと言うこともしばしば。
「寝だめ」ができると言う感じでしょうか?
私にとしては、1日のサイクルが24時間じゃ足りないような体質なのでは?と考えてしまいます。
寝る時間も、起きている時間も意識しないでいると、どんどん狂ってきますので。
10時間くらい寝て、18時間くらい起きている・・・1日が28時間くらいになるとちょうどいい気がします。
なんなんでしょ・・・
そういう私でも、最近の「秋の夜長」は読書や映画鑑賞で楽しんでいますが、ふっと気が付くとずーっと考え事をしてます。
テレビつけてても見ていない、本を開いていても読んで無い状態でずーっと時間が過ぎてる。
不思議です・・・本当にボーっとしている時間が過ぎてます。
でも、こういう時間が結構好きなのは何故なんでしょ・・・
最近考えていて、思うことがある。
僕は「贅沢」な人生を過ごしているねぇ・・・と
今まで、やりたいな・・・こんな仕事やってみたいな・・・と思った仕事には何故か縁があって、その仕事に就くことができた。
土木関係の技術屋の仕事、海外青年協力隊、JICAでの指導員、ギター文化館・・・
技術屋の仕事から、技術移転の国際協力事業、はたまた文化的な仕事まで様々、中には印刷屋というものまである。
これは、人間一人の人生としてみると、本当に贅沢なくらい様々な職業をこなしていると思う。
そのどれもが長くは無かったけど、良い経験・面白い知識を得られた気がする。
基本的に誰かに何かを伝える・・・という事が性に合っているかも知れない。
そういった意味では、国際協力の仕事をしていたときが一番充実していたと思う。
他のことに目を向けてみる
中学時代に好きな女の子がいてその子が吹奏楽をやってたせいもあり、音楽をやってみたいな・・・と思ったら、高校に入って「クラシックギター」という素晴らしい楽器と音楽に出会えた。
音楽というものにであえた・・・というのは本当に素晴らしいことだったと思う。
音楽は自己表現の一つ。
他にも無数の自己表現の方法があるとは思うけど、その中でも最も人間の感性というか、心の奥底までを人に伝えられる手段で、しかも言語や人種に縛られない、素晴らしいものだと思う。
そんな音楽に出会えたのは、きっとあの子を好きになったせいだったし、札幌のあの高校に行けたからなんだと思う。
不思議な巡り合わせを感じます。
この高校は実は行けそうだった進学校を諦めて「2番手」として選んだ学校だった。
しかも、1級先輩の幼なじみがその高校へ行っていなかったら、きっと行くことは無かったろうと思う。
振り返って、人生の中での一番最初の大きな転機は「札幌光星高校」を選んだことだろうと思う。
人生やり直せるなら、おそらく高校時代を選ぶだろう、それだけは間違いない。
高校時代から大学時代は、ミッション系の高校だったと言うこともあって、カトリック教会の高校生の集い、青年の集いにその全青春を注ぎ込んだと言っても過言ではなかった。
そこで、生涯の友と呼べる友人に出逢い、信仰に出逢った。
好きな女性とも出会い、交際することもできた。
今から考えても、可愛くて、性格が良く、素敵な女性だった。
何であんな女性が一時でもこんな僕と付き合って、別れて、また付き合うなどと言うことを繰り返したのか? 今でも信じられない。
おつき合いした女性を思い返してみると、どれも素敵な女性ばかりだった。あらためて自分が面食いなのであると言うことが分かる・・・。
俺って贅沢な人生過ごしているな・・・
自分で努力しなくても、不思議な導きで最高の友人と出会い、素敵な女性と出会い、素晴らしい音楽にも触れている。
正直高校選びに関しては、もうちょっと頑張って、もうちょっと度胸があれば地元の公立進学校に行けたと思う。
でも、なんであそこで「光星高校」を選んだのか不思議・・・
導かれているんだ・・・と感じる。
では今は? と考える・・・
仕事はどうしようかと、悩んでいる。
これだけ「贅沢な人生」を送っているのだから、そろそろ「おかえし」をする必要があるんじゃないだろうか? と考える。
そういう観点で新しい仕事やこれからの人生を考えていけば、道は意外にも簡単に開ける気がするこの頃・・・
何をすれば、誰にお返しをすればいいのかな?
お父さん? お母さん? 恩師? ・・・どれも違う気がする。
もちろん、そういった自分が育つために手を貸して下さった人たちにおかえしするのは当たり前だろうけど、自分の人生をしっかりと持って、幸せに生きていればそれ自体が「おかえし」となる気がする。
だからもっと広く考えなきゃならないとおもう。
仕事も探さなきゃ・・・生き方以前に。
生きていくためには、働かなければならないのは当たり前で、社会や家族のお荷物になるつもりはない。
何をしようと言うことよりも、10年後の自分を想像してみる。
どんなことしてるかな?
ちょっと前までは「人間努力すれば、何でもできる」と思っていたが、現実はそうでもないことに気づく。
確かに、努力してどんなことにでも挑戦すると言うことは素晴らしいことだと思うし、そうでなければ人類は進化していかないとも思う。
そうはいっても、育ってきた環境というもので、それぞれの人間に向いているもの、向いていないものがあるのはむしろ当たり前で、そこに適正というものがあるのだと思う。
人生が定まらなくても不安を感じなかった、ちょっと前の自分なら「新しいことに、全くやったことがない事に挑戦するのが良いだろう。新しい自分の適正が見つかるかも・・・」と思っていた。
最近、色々な仕事をやってきたこともあり、色々な人間と出会い、自分という物を見つめる時間が多かったこともあり、何となく自分の適正という物を分かってきた気がする。
だから、きっと「こんな事できるだろうか?」という全くの挑戦はしないでしょうね。
例えば・・・コンビニ店長とか・・・パチンコ屋の店員とか・・・とくに「お客様は神様です」的な職業は向かないですね。
ま、経験のためだけに「水商売」的な仕事も短期間ならやってみたいと思いますが・・・バーテンとか・・・話しを聞いたり、話しをするのは嫌いじゃないし・・・
それはさておき、おそらく今後選ぶ職業は心から「この仕事でやっていける」と感じたときだろうと思います。
そうでなければ、明らかに「腰掛け」ですね。
うーん、腰掛けで「水商売」も悪くないかも・・・地元に帰って行きつけの飲み屋に頼んでみるか・・・?
でも、やっぱり心に引っかかるのは、国際協力・・・かな?
自分が持ってる財産、知識や経験、技術を人々に還元することができて、けっしてそれが利益追求のためでなく、関わる人たちの発展に寄与する、そんなのも一つの「おかえし」だと思う。
国際協力の仕事では足かけ5年間関わっている、でも「何かを達成した」という気持ちが抱けずに、何となくやり残しを感じているのも事実。
できれば、もう一度「青年海外協力隊」に参加したい気がする。
「専門家」という道もあろうけど、門が狭いし現場から2年以上離れていると、難しいと思う。
また「協力隊」だからこそできる、感じられる達成感がある気がする。
「気がする」だけかも知れないが、確かめに行きたい。
でも、もうひとつ見えかけている道もある・・・
今年の3月に地元の修道院の院長様に言われた言葉が心に残っている。
僕の結婚が駄目になったと聞いて院長様が言った一言
「あらっ・・・そうなの? それじゃ神様が力くんをがっちり捕まえているのかも知れないわね? きっとそうよ。」
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