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2009.01.07 (Wed)

冬のたび2008−09 その4

無事に伊達に帰ってきた僕は、29日の朝にはゆっくりと休まずに、朝から活動的でした。
この日は、大きなイベントが2つあったのです。


まずその1、小森先生宅に遊びに行くというのがビッグイベント。

今回はできればギターを注文したいと思いました。


札幌に出かける前に、先生に連絡をいれ、「10時のお茶の時間においで、元気な顔を見せてくださいよ」などと、うれしい言葉をかけていただいた。
先生には親しくさせていただいている、うれしい事だ。

朝から支度をし、先生の前でも多少の演奏はするであろうから、指慣らしをしてからギターを抱えて出かけた。
前回、2月に帰ってきたときにも遊びに来たが、そのときに横尾幸弘の「ララバイ(子守唄)」を弾いてくれないか?と言われていたのだ。
「君の演奏の仕方はとってもいい、テクニックはともかく(←そのとおり)、そのタッチはギターをしっかり鳴らしている、そして表現もいいね。」と照れるような事まで言ってくださった。(*ノωノ)キャッ

ま、確かにテクニックはまだまだですね、でもギター文化館のものすごく音響のいいなかで、自分の音作りにだけは徹底してこだわった成果が出ているのかな?と思う。
松村先生にも「いい音出すやんかぁ」と言っていただいた事がある、おかげでこれだけは割りと自信がついたものだった。
ギター文化館の環境には本当に感謝している。

冬のたび08-10
先生の工房の中


それで、先生の工房で話をしていた。
先生はやはり素敵な人で、木が大好きで、芸術家で、そして製作家だ。
いろいろな事を短い時間の会話の中で学ぶ事ができる。
それはギターについてだけでなく、人生のいろいろな事についても・・・。

やはりこの先生にギターを作ってほしいと思っていたのであるが・・・残念であるが、最高の材料はもうすでに使い切ってしまったのだという。

つまり・・・

表面板・・・ドイツ松
ネック・・・ホンデュラス・マホガニー
裏・横・コマ・・・ハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)

上記の材料の中でも、材料を知り尽くした先生が、これはと思った材料・・・そんなすばらしい材料で作ったギターはもう製作できないというのだ。

理由はやはり、自分の持つ最高の材料を、自分の技術や経験、そして何より体力があるときに製作してこそ材料が生きるものだからである。
先生はもうすでに70歳をとっくに過ぎた年齢で、それでも製作は続けている、これも驚異的なことだ。
あのアルカンヘルや、アントニオ・マリンと同世代なのにもかかわらず、すべての工程を自分ひとりで行っているうえ、今でも一定量の生産は行っているのだから。
スペインなどでは巨匠といわれる人たちは、マエストロ方式といって、製作者がすべての指揮をとりその製品の品質に責任を持ち、弟子や工房の従業員が各パーツを製作し、各工程を受け持って行われる制作方法が多い。かのマヌエル・ラミレス、ホセ・ラミレスの工房でもこの方式で製作され、日本では僕の愛用する「河野賢」の河野ギターがこの方式で大きな成功を収めている。
小森先生はちなみにこの河野ギターで製作の修行をして独立した。
年に何本ものギターを一人で製作すると言うのは大変なことなのだ、それをこの様に高齢になっても、製品の質を落とさず、作り続ける事は容易ではないというのは想像に難くないと思う。


小森先生は、河野ギターでは一連の場所を担当したと思うが、おもに「製材」の担当をしていたとの事をおっしゃっていた。あの河野ギターで、命とも言うべき材料の切り出しをしていたのだ。
丸太ではないものの、角を取った程度の大きな木材が入荷されたら、それを削る前の板の状態にしていく役割である。

これは考えているよりもずーっと、重要な役割だ。
その板が「生きた板」になるか「使い物にならない板」になるかは、この製材で決まるといっても過言ではないからだ。
知っている方は、知っているだろうが、最高の材料とは柾目(まさめ)でひいたものが最高である。
どこの場所をどのようにカットするかで、柾目がどれだけ取れるかが決まってくるし、その柾目もいい場所と良くない場所があるので、良い場所を最高の状態で使用できるように出来るかどうかが決まってくる。つまり、最高のギターが出来るかどうかがそこで決まってくるといっても過言ではないのだ。

河野ギターのような、大きくなのあるギター工房で製材を任されていたのは、やはり木の知識や経験、そして何より木への愛情が深い小森先生だからであろうと納得できる。


しかし、その先生の最高のギターがもう手に入らないんだろうと思うと、ちょっと力が抜けてし合った

ま、もともと、先生の最高のギターは120万すると言っていたし、そんなお金は僕にはない。
せいぜい70万円が精一杯なのだ。安くしてもらったとしても、50万円は引かないだろうから、もしかしたら無くてよかったのかな?とも思ってしまう。もし、そんなすばらしいギターであれば、ほしくなっていただろうし、先生に「これ70万で売ってください」とのたまって怒らせていたかもしれない。
そうなる事を考えたら、無くてよかったのだと、自分を納得させた。


今現在、50本分の材料を仕込んでいるそうで、写真に写っているのはその材料であるが、表面板はエンゲルマン・スプルース、裏横はローズ・ウッドもしくはマダガスカル・ローズ、表面板の中でもいいものについては、上質なマダガスカル・ローズを使って、50万円ほどの製品にするらしい。

この中でいいものを選ぶしかないのかな?どの表面板にしようかな?



そう思っていると、先生がおもむろあるものを・・・

なーんてね、残念ですが、ここから先は書きません・・・秘密です。

知りたい人は個人的にお話します。




冬のたび08-9


そして、先生の工房で、先生のギターを使って演奏した。
うれしかったのは、先生が演奏をほめてくれたことだった。

「この曲(ララバイ)は、簡単そうに見えるけど、人に聞かせようと思ったら、なかなかに難しい曲だよ。禁じられた遊びと一緒で、弾くだけなら誰でも出来る、でもいい演奏にしようと思ったら、とても難しい曲だ、いままで何人もの演奏をしてもらったし、葬式に使おうと思って(笑)テープに吹き込んでもらった事があったけど、君の演奏はかなりいい感じだね。 ま、ミスがあったから減点15点だけども・・・」

確かに気持ちをこめて弾いたが、先生の前ということで緊張もあり、ポジションマークの無い先生のギターだったし(すごい言い訳)、そんなに弾き込んでいなかったのでミスが連発だった。
でも、先生はいい演奏だといってくれた・・・何よりも、うれしい一言だった。


もっと練習して、来年は録音してくれ、といってもらえるようにがんばります。


そんな素敵な時間をすごし、僕は先生の家を辞去した。
来年、いや今年(2009年)もう一度来ることを約束して。


いい時間をありがとうございました。

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