2009.01.09 (Fri)
冬のたび2008−09 その6
そして、年を越して新年を迎えた。
年末を実家で過ごすのは本当に、久しぶりだ。
前に帰ってきたときは、何年前だろう。
2005年に国際協力の仕事をいったん去ってからは、年末の高い時期に帰るのは金銭的に辛かったし、何よりイベントなどが入っていたので、年末はぎりぎりまで仕事だったり、新年早々も何かのイベントがあった気がする。
ということは、年末変えるのは4年ぶりだということだ。
実際、兄の子供である甥や姪に会うのは久しぶりで、すっかり大人になっていた。
ま、貧乏でお年玉あげられないから・・・というのもあった事は確かですが(笑)
しかし、親兄弟、親族が集まって食事を楽しむというのはいいものだ。
いろいろな話、仕事の話や、伊達の話、親戚の話や、はたまた経済の話、くだらない話から真剣な話まで尽きる事が無い。割と仲の良い家族なのかな?と思ってしまう。
友人は10年も帰っていないという話を聞いた事もある。
でも北海道の家族は割りと家族仲がいいところが多い気がする。
何でだろう・・・。
最近実家に帰って思うのは、やはり寒い冬があるからではないかと思う。
実は両親は、よく喧嘩をする。
「あなたはいつまでも、調子に乗って飲んでると駄目なんだよ!」 ← ババ
「うるせぇクソババアだなほんとに、ちょっとくらいいいべさや」 ← ジジ
「うるさいうるさいって、あんたの体でしょ!」 ← やっぱりうるさい
「あぁ、うるせぇな〜」 ← といってテレビを見始める・・・逃避行動
本当によく言い合いをしているが、いつ別れるのかとヒヤヒヤする場面もあるが、何故かいつまでも夫婦の二人。
ま、いまさら別れられても困るのは息子たちご一党なのであるが、たぶんみんなそんな心配はしていない。
気づくと二人で、マッサージし合いっこなんて始めている・・・何でだろう・・・と思った事が多々あるが、
たぶん寒いせいだな・・・と思う。
寒いと、自然とひとつの部屋に集まるのだ。
暖房費がもったいないから、寝るとき以外はお茶の間と台所だけにしか、暖房は入れない。
二人だけの生活だし、各部屋に入れる必要は無いのだ。
そうすると、喧嘩しようと何しようと寒いからどこかに行ったりはしない。
それに自分もどこにも行かないから(というより年取って寒いのが苦手なのと、動くのが億劫だから)、自然と喧嘩しても相手がどこにも行かないから、徹底的に追い詰めるような言い合いは避けるようになる。というかその絶妙の間合いは50年近く一緒に過ごしているからこそなのかもしれない。
分からない夫婦だ、わが両親は・・・・。
ま、いい事だと思うけど・・・。
話は戻って、今年の年末。
家族での大晦日の食事が終わったら、11時ころ市内に住んでいる兄家族は三々五々帰っていった。
僕はお酒は飲まず、そのまままた年越しのミサへ行くために修道院へ・・・
修道院で、また演奏してくれという。
今度は、「祈り」の前に会衆の黙想への誘い(いざない)として、静かな曲を聞かせてくれというのだ。
15分ほどの祈りの前の心を静める時間に、静かな音楽を届ける。
これはこれで重要な役割だし、このような場合こそクラシックの真価が問われるのだと思う。

選んだ曲は、
エチュード・月光/F.ソル
大聖堂・1楽章・郷愁のプレリュード/A.バリオス
前奏曲ハ短調/A.バリオス
ララバイ/横尾幸弘
これで演奏し続けて大体15分
でも、祈りへの導入だから、バチバチとミスしていてはむしろ集中力を欠いてしまう。
ミスは最小限に・・・でもゆっくりと、歌うように・・・それだけを考えて気持ちをこめて弾いた。
なかなか得がたい経験だったと思う。
コンサートとも違う、演奏会や発表会とも違う、もちろんコンクールとも違う雰囲気で、なんとなく意識が透明な中での演奏を出来た事はすごく良かった。
そして年越しミサも終わって、帰宅。
年末にはわざわざ千歳空港まで車を走らせて、職場やお世話になった人へのお土産を購入。
花畑牧場の生キャラメルは買えませんでしたが、ま、しょうがない。
3時間も並んで買うほど、酔狂ではないし・・・。
1月2日にはすぐにフェリーに乗るし、そろそろ仕事に気持ちを切り替えないといけないな。
そんな元旦でした。
穏やかな年明けでしたよ。
初夢って何だったっけ?
年末を実家で過ごすのは本当に、久しぶりだ。
前に帰ってきたときは、何年前だろう。
2005年に国際協力の仕事をいったん去ってからは、年末の高い時期に帰るのは金銭的に辛かったし、何よりイベントなどが入っていたので、年末はぎりぎりまで仕事だったり、新年早々も何かのイベントがあった気がする。
ということは、年末変えるのは4年ぶりだということだ。
実際、兄の子供である甥や姪に会うのは久しぶりで、すっかり大人になっていた。
ま、貧乏でお年玉あげられないから・・・というのもあった事は確かですが(笑)
しかし、親兄弟、親族が集まって食事を楽しむというのはいいものだ。
いろいろな話、仕事の話や、伊達の話、親戚の話や、はたまた経済の話、くだらない話から真剣な話まで尽きる事が無い。割と仲の良い家族なのかな?と思ってしまう。
友人は10年も帰っていないという話を聞いた事もある。
でも北海道の家族は割りと家族仲がいいところが多い気がする。
何でだろう・・・。
最近実家に帰って思うのは、やはり寒い冬があるからではないかと思う。
実は両親は、よく喧嘩をする。
「あなたはいつまでも、調子に乗って飲んでると駄目なんだよ!」 ← ババ
「うるせぇクソババアだなほんとに、ちょっとくらいいいべさや」 ← ジジ
「うるさいうるさいって、あんたの体でしょ!」 ← やっぱりうるさい
「あぁ、うるせぇな〜」 ← といってテレビを見始める・・・逃避行動
本当によく言い合いをしているが、いつ別れるのかとヒヤヒヤする場面もあるが、何故かいつまでも夫婦の二人。
ま、いまさら別れられても困るのは息子たちご一党なのであるが、たぶんみんなそんな心配はしていない。
気づくと二人で、マッサージし合いっこなんて始めている・・・何でだろう・・・と思った事が多々あるが、
たぶん寒いせいだな・・・と思う。
寒いと、自然とひとつの部屋に集まるのだ。
暖房費がもったいないから、寝るとき以外はお茶の間と台所だけにしか、暖房は入れない。
二人だけの生活だし、各部屋に入れる必要は無いのだ。
そうすると、喧嘩しようと何しようと寒いからどこかに行ったりはしない。
それに自分もどこにも行かないから(というより年取って寒いのが苦手なのと、動くのが億劫だから)、自然と喧嘩しても相手がどこにも行かないから、徹底的に追い詰めるような言い合いは避けるようになる。というかその絶妙の間合いは50年近く一緒に過ごしているからこそなのかもしれない。
分からない夫婦だ、わが両親は・・・・。
ま、いい事だと思うけど・・・。
話は戻って、今年の年末。
家族での大晦日の食事が終わったら、11時ころ市内に住んでいる兄家族は三々五々帰っていった。
僕はお酒は飲まず、そのまままた年越しのミサへ行くために修道院へ・・・
修道院で、また演奏してくれという。
今度は、「祈り」の前に会衆の黙想への誘い(いざない)として、静かな曲を聞かせてくれというのだ。
15分ほどの祈りの前の心を静める時間に、静かな音楽を届ける。
これはこれで重要な役割だし、このような場合こそクラシックの真価が問われるのだと思う。

選んだ曲は、
エチュード・月光/F.ソル
大聖堂・1楽章・郷愁のプレリュード/A.バリオス
前奏曲ハ短調/A.バリオス
ララバイ/横尾幸弘
これで演奏し続けて大体15分
でも、祈りへの導入だから、バチバチとミスしていてはむしろ集中力を欠いてしまう。
ミスは最小限に・・・でもゆっくりと、歌うように・・・それだけを考えて気持ちをこめて弾いた。
なかなか得がたい経験だったと思う。
コンサートとも違う、演奏会や発表会とも違う、もちろんコンクールとも違う雰囲気で、なんとなく意識が透明な中での演奏を出来た事はすごく良かった。
そして年越しミサも終わって、帰宅。
年末にはわざわざ千歳空港まで車を走らせて、職場やお世話になった人へのお土産を購入。
花畑牧場の生キャラメルは買えませんでしたが、ま、しょうがない。
3時間も並んで買うほど、酔狂ではないし・・・。
1月2日にはすぐにフェリーに乗るし、そろそろ仕事に気持ちを切り替えないといけないな。
そんな元旦でした。
穏やかな年明けでしたよ。
初夢って何だったっけ?
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