2007.04.27 (Fri)
昨日の続き
昨日の続きです、今日初めて見た方は昨日のエントリーからご覧下さい。
「犬舎の中」
それはすごい光景でした。
見た目は「倉庫」と言ったほうが良いでしょうか。
ドアをくぐると、まず鼻に嗅ぎ慣れた「獣のにおい」が鼻に飛び込んできます。
何というか、嗅ぎ慣れた犬猫のにおいがかなりぎゅっと凝縮されて、その上でそれを一生懸命に消そうとした消毒薬のにおいも濃く漂っているのだが、消えることなくブレンドされた強いにおいでした。
犬が実際にいるスペースまでドアを2まい通過しますが、1枚くぐる事に、うなり声、叫び声、きゅんきゅん、にゃあにゃあと言う鳴き声が、大きくなってきます。
そして実際の犬舎内・・・
そこには鉄の檻の中に閉じこめられ、死を待つ犬たちが数十頭入れられてました。
さっきの話しを聞くと、捕獲されたり、連れてこられた犬たちは2日後には「殺処分」されるといっていた・・・
そうするとこの子達は、このたった2日間以内にここに連れてこられた子達であると言うことになる。
たった2日間でこれほどの犬が捕獲されたり連れてこられているなんて・・・おびただしい数です。
ちょっと混乱しました。
大型犬・中型犬・小型犬、犬種、色、年齢、綺麗な毛並みの犬、明らかにノラだったと思われる汚くやせた犬・・・・本当に様々な犬たちがいました。
どうやら、大人犬は大きな部屋に団体で、仔犬はまた別に、とりわけ何らかの問題があると思われる犬がまた別に個室に入ってました。
何というか、すべての犬に共通するものがあります・・・
それは表情・・・・目です・・・・
みんな怯えて、悲しそうな、諦めたような、自分の運命を知っているような、知っていても知らんぷりしているような・・・・そんな顔してました。
もし、「そんなことはないよ、犬に表情なんかあるわけがない、そういう状況にいる、おまえだからそんな風に見えるだけだよ!」
などと言う人がいるかも知れません。
そういう人はこの光景を一度でも見てから考えて欲しいものです。
胸が締め付けられます。
自分から「中見せて」とは言ったのですが、あまりに切ない光景でした。
人間のエゴの吹きだまりがここにある、人間の・・・自分の汚い部分をまざまざと見せつけられる思いがしました。
ふと気づくと、立派な体格の「ゴールデンレトリバー」が独房舎に入っています。
「この子も捕獲されたんですか?」と聞いた。
聞かなきゃ良かった・・・・・
「いえ、飼い主さんが飼いきれないと言って、連れてきたんです・・・。」
ひどい人がいるものです。
おそらくかなり大きく、齢も経ているようなので、10歳以上ではあるでしょう。
ゴールデンレトリバーの流行った頃に、大金出して購入して、仔犬の頃はかわいくてしょうがない、そのうちだんだんでかくなってきて、食費もかさむし、体は大きいから散歩も大変、放すと近所から苦情も来るし、最近はそれほどかわいくないし、引き取ってくれる場所があるんだから持っていけば?くらいの感覚で連れてこられたのでしょうか?
もとのご主人はこの子の運命を知っているんでしょうか?
いろんな事を考えました。
そしてその子の表情も、また悲しくこちらを見ていました。
おそらく周囲の状況、においなどからすべてを理解して、そして運命を待っている・・・そんな風にも見えました。
ゴールデンレトリバーは本当に賢いから分かっているかも知れませんね。
いったい、どうして最後まで面倒を見ようとしないのでしょう。
「家族」じゃないんでしょうか?
ただの「犬め」何でしょうか・・・。
私には分かりません。
ある人が、「マンションに引っ越すから引き取って」といって来たそうです。
あまりに簡単ではないでしょうか?
いままで一緒に暮らした家族がどうなるのか判っているんでしょうか?
なんなのでしょう・・・
もちろん、飼い主さんにも様々な理由があることでしょう。
職場が都会に転勤になって、飼える状況じゃなくなって、一生懸命里親探したけど見つからなかった・・・とか、やむにやまれぬ事情があって、しかし変わりに世話してくれる人もいない。
どうしても行き場がなく、せっぱ詰まってしまったとき。
そんな事は必ずあります、人間社会ですものね・・・。
私も結局はこの子をここに連れてきて「運命」を決めちゃいました。
僕もその「ひどい人」も大差ありません。
犬は人間の最良の友、と言った人もいますが、本当にそうでしょうか?
確かに犬は人間に掛け替えのない「癒し」や「安らぎ」を与えてくれる素晴らしい家族となりうる、最高の友でしょう。
しかし、犬にとって人間は最良の友であるでしょうか?
生かすも殺すも人間次第・・・・そうなのです。
生かすも殺すも人間なんです。
飼った犬の、一緒に暮らす犬の運命は人間が握るんです。
えさをあげなければ飢える。
散歩に連れて行かなかったら、ストレスがたまる。
散歩がめんどくさくて放し飼いにすると、交通事故にも遭う。
重大な病気になって、病院へ行かなければやっぱり死んじゃう。
飼う、共に暮らす、と言うことはやっぱり大変なことなんです。
そんなことは当たり前まで、飼うというのは「命を分け与える」と言うことだと思います。
その覚悟がなければ飼うべきではないでしょう。
ペットというものに関して、深く考えすぎかも知れません。
でも自分が間違っているとは思いません。
「命」はそんなに軽くない
昨日はそんなことをじっくりと考えさせられました。
皆さんはどう思いますか・・・・?
独房に入れられた「ちび」は新しい環境に不安そうな目で、最後まで僕を見ていました。
胸の中では「ごめんごめんごめん・・・・・」何度も謝りました。
でも、やっぱりこの子の運命を決めたのは私です。
謝って済むものでもなければ、解決もしません。
では、僕にできることは何なんだろう。
今すぐここの子達を引き取ることはできません。
できることと言ったら、この気持ちをブログに書いて、少しでも誰かにこの現状を知ってもらうことでしょうか?
何の役にも立たないかも知れません。
結局は、自分に言い訳しているだけなのかも・・・。
ちなみに猫の部屋もありました。
みんな小さなケージに入れられて、「出して出して」と泣いていました。
帰り道、あまりに切なくてかなり泣いてしまいました。
34歳にもなって・・・。
一つだけ気になって職員さんに聞きました。
「もし、この中に飼いたい犬がいたときには、譲ってもらえるのですか?」
私は少しでも里親が見つかればと言う気持ちで尋ねたのですが、意外な答えが返ってきました。
「それはできません、基本的に譲渡会だけでのお引き渡しだけです。譲渡会に出される犬猫は、ワクチン摂取や健康管理をしっかりと行ってから譲渡会に至ります」
詳しくは聞きませんでしたが、おそらくこういう事だろうと思います。
もし、そんな風にこの犬たちを哀れ思った人が、簡単に引き取れるのであれば、引き取りに来てまた「逃がしてしまう」人がいたりすると、せっかく捕獲したのが無意味になってしまう。
引き取ったけれども結局「去勢」もしないで放し飼いにしたりして、またこういう犬が増えてしまう事もある。
なにより、大人犬が多いので、新しい飼い主に懐かず、結局手に負えなくなるケースが考えられる。
引き渡すからには、ワクチン摂取や、病気がないこと、健康であることが絶対条件で、もしそういった病気の犬を引き渡してクレームが来てもらっては困る。当然すべての犬にそのような対応はできない。
様々な事が考えられます。
しかし、ちょっとした憤りも感じます。
ここに来てしまった犬はほとんどが「殺処分」になってしまう、たとえその子を見て「飼いたい人・飼える人」がいたとしても、である。
前にも書きましたが、犬を飼う、というのは偶然「飼いたい人」と「飼われたい犬」がそろわなければいけません。
その人の元に、その子が来ることができた可能性を考えると、幸せな生活ができる「犬」や「飼い主」はまさに奇跡のような偶然の組み合わせだと思います。
ペットショップにいる犬たちだって、飼い主が決まるとは限らないケースがあるのですから、捨て犬や、もらわれ犬の事を考えると気が遠くなります。
なんか、そんな「出逢い」も否定しているようで・・・。
僕がここを出るときに思ったのは、もし今後、犬を飼える状況になったら、飼う決心がついたら、きっとペットショップなどには行かずに、ここの譲渡会などに参加して、里親になりたいと言うことです。
いつの日か・・・
<昨日はうれし泣きしました・・・>
実は、明日「その子」を動物指導センターに「引き取り」に行きます。
そう、飼い主が見つかったんです。
実は、結局そのN夫妻がその子を引き取る決心をしました。
二人でたっぷり悩んで、話し合って。
昨日3人でゆっくりと話しました。
飼うことの難しさ、これからの大変さ。
それでも、その子を引き取ると言ってくれた・・・・
僕はこの2人の決断に心から感謝し、そして最大限の協力をすることを誓いました。
3人で協力して「その子」の運命をまた変えることになりそうです。
ただ・・・まだ産まれて間もない、ちみっちゃい「仔犬」が私達の心、運命を変えてしまったようです。
やっぱりこれは「奇跡」のような出来事なんですね。
私は「導き」を感じずにはいられませんでした。
「これも何かの縁だしさ・・・」という優しい言葉が耳から離れません。
これからたまには我が家に「泊まり」に来ることでしょう。
最後に「その子」をお見せします。


「犬舎の中」
それはすごい光景でした。
見た目は「倉庫」と言ったほうが良いでしょうか。
ドアをくぐると、まず鼻に嗅ぎ慣れた「獣のにおい」が鼻に飛び込んできます。
何というか、嗅ぎ慣れた犬猫のにおいがかなりぎゅっと凝縮されて、その上でそれを一生懸命に消そうとした消毒薬のにおいも濃く漂っているのだが、消えることなくブレンドされた強いにおいでした。
犬が実際にいるスペースまでドアを2まい通過しますが、1枚くぐる事に、うなり声、叫び声、きゅんきゅん、にゃあにゃあと言う鳴き声が、大きくなってきます。
そして実際の犬舎内・・・
そこには鉄の檻の中に閉じこめられ、死を待つ犬たちが数十頭入れられてました。
さっきの話しを聞くと、捕獲されたり、連れてこられた犬たちは2日後には「殺処分」されるといっていた・・・
そうするとこの子達は、このたった2日間以内にここに連れてこられた子達であると言うことになる。
たった2日間でこれほどの犬が捕獲されたり連れてこられているなんて・・・おびただしい数です。
ちょっと混乱しました。
大型犬・中型犬・小型犬、犬種、色、年齢、綺麗な毛並みの犬、明らかにノラだったと思われる汚くやせた犬・・・・本当に様々な犬たちがいました。
どうやら、大人犬は大きな部屋に団体で、仔犬はまた別に、とりわけ何らかの問題があると思われる犬がまた別に個室に入ってました。
何というか、すべての犬に共通するものがあります・・・
それは表情・・・・目です・・・・
みんな怯えて、悲しそうな、諦めたような、自分の運命を知っているような、知っていても知らんぷりしているような・・・・そんな顔してました。
もし、「そんなことはないよ、犬に表情なんかあるわけがない、そういう状況にいる、おまえだからそんな風に見えるだけだよ!」
などと言う人がいるかも知れません。
そういう人はこの光景を一度でも見てから考えて欲しいものです。
胸が締め付けられます。
自分から「中見せて」とは言ったのですが、あまりに切ない光景でした。
人間のエゴの吹きだまりがここにある、人間の・・・自分の汚い部分をまざまざと見せつけられる思いがしました。
ふと気づくと、立派な体格の「ゴールデンレトリバー」が独房舎に入っています。
「この子も捕獲されたんですか?」と聞いた。
聞かなきゃ良かった・・・・・
「いえ、飼い主さんが飼いきれないと言って、連れてきたんです・・・。」
ひどい人がいるものです。
おそらくかなり大きく、齢も経ているようなので、10歳以上ではあるでしょう。
ゴールデンレトリバーの流行った頃に、大金出して購入して、仔犬の頃はかわいくてしょうがない、そのうちだんだんでかくなってきて、食費もかさむし、体は大きいから散歩も大変、放すと近所から苦情も来るし、最近はそれほどかわいくないし、引き取ってくれる場所があるんだから持っていけば?くらいの感覚で連れてこられたのでしょうか?
もとのご主人はこの子の運命を知っているんでしょうか?
いろんな事を考えました。
そしてその子の表情も、また悲しくこちらを見ていました。
おそらく周囲の状況、においなどからすべてを理解して、そして運命を待っている・・・そんな風にも見えました。
ゴールデンレトリバーは本当に賢いから分かっているかも知れませんね。
いったい、どうして最後まで面倒を見ようとしないのでしょう。
「家族」じゃないんでしょうか?
ただの「犬め」何でしょうか・・・。
私には分かりません。
ある人が、「マンションに引っ越すから引き取って」といって来たそうです。
あまりに簡単ではないでしょうか?
いままで一緒に暮らした家族がどうなるのか判っているんでしょうか?
なんなのでしょう・・・
もちろん、飼い主さんにも様々な理由があることでしょう。
職場が都会に転勤になって、飼える状況じゃなくなって、一生懸命里親探したけど見つからなかった・・・とか、やむにやまれぬ事情があって、しかし変わりに世話してくれる人もいない。
どうしても行き場がなく、せっぱ詰まってしまったとき。
そんな事は必ずあります、人間社会ですものね・・・。
私も結局はこの子をここに連れてきて「運命」を決めちゃいました。
僕もその「ひどい人」も大差ありません。
犬は人間の最良の友、と言った人もいますが、本当にそうでしょうか?
確かに犬は人間に掛け替えのない「癒し」や「安らぎ」を与えてくれる素晴らしい家族となりうる、最高の友でしょう。
しかし、犬にとって人間は最良の友であるでしょうか?
生かすも殺すも人間次第・・・・そうなのです。
生かすも殺すも人間なんです。
飼った犬の、一緒に暮らす犬の運命は人間が握るんです。
えさをあげなければ飢える。
散歩に連れて行かなかったら、ストレスがたまる。
散歩がめんどくさくて放し飼いにすると、交通事故にも遭う。
重大な病気になって、病院へ行かなければやっぱり死んじゃう。
飼う、共に暮らす、と言うことはやっぱり大変なことなんです。
そんなことは当たり前まで、飼うというのは「命を分け与える」と言うことだと思います。
その覚悟がなければ飼うべきではないでしょう。
ペットというものに関して、深く考えすぎかも知れません。
でも自分が間違っているとは思いません。
「命」はそんなに軽くない
昨日はそんなことをじっくりと考えさせられました。
皆さんはどう思いますか・・・・?
独房に入れられた「ちび」は新しい環境に不安そうな目で、最後まで僕を見ていました。
胸の中では「ごめんごめんごめん・・・・・」何度も謝りました。
でも、やっぱりこの子の運命を決めたのは私です。
謝って済むものでもなければ、解決もしません。
では、僕にできることは何なんだろう。
今すぐここの子達を引き取ることはできません。
できることと言ったら、この気持ちをブログに書いて、少しでも誰かにこの現状を知ってもらうことでしょうか?
何の役にも立たないかも知れません。
結局は、自分に言い訳しているだけなのかも・・・。
ちなみに猫の部屋もありました。
みんな小さなケージに入れられて、「出して出して」と泣いていました。
帰り道、あまりに切なくてかなり泣いてしまいました。
34歳にもなって・・・。
一つだけ気になって職員さんに聞きました。
「もし、この中に飼いたい犬がいたときには、譲ってもらえるのですか?」
私は少しでも里親が見つかればと言う気持ちで尋ねたのですが、意外な答えが返ってきました。
「それはできません、基本的に譲渡会だけでのお引き渡しだけです。譲渡会に出される犬猫は、ワクチン摂取や健康管理をしっかりと行ってから譲渡会に至ります」
詳しくは聞きませんでしたが、おそらくこういう事だろうと思います。
もし、そんな風にこの犬たちを哀れ思った人が、簡単に引き取れるのであれば、引き取りに来てまた「逃がしてしまう」人がいたりすると、せっかく捕獲したのが無意味になってしまう。
引き取ったけれども結局「去勢」もしないで放し飼いにしたりして、またこういう犬が増えてしまう事もある。
なにより、大人犬が多いので、新しい飼い主に懐かず、結局手に負えなくなるケースが考えられる。
引き渡すからには、ワクチン摂取や、病気がないこと、健康であることが絶対条件で、もしそういった病気の犬を引き渡してクレームが来てもらっては困る。当然すべての犬にそのような対応はできない。
様々な事が考えられます。
しかし、ちょっとした憤りも感じます。
ここに来てしまった犬はほとんどが「殺処分」になってしまう、たとえその子を見て「飼いたい人・飼える人」がいたとしても、である。
前にも書きましたが、犬を飼う、というのは偶然「飼いたい人」と「飼われたい犬」がそろわなければいけません。
その人の元に、その子が来ることができた可能性を考えると、幸せな生活ができる「犬」や「飼い主」はまさに奇跡のような偶然の組み合わせだと思います。
ペットショップにいる犬たちだって、飼い主が決まるとは限らないケースがあるのですから、捨て犬や、もらわれ犬の事を考えると気が遠くなります。
なんか、そんな「出逢い」も否定しているようで・・・。
僕がここを出るときに思ったのは、もし今後、犬を飼える状況になったら、飼う決心がついたら、きっとペットショップなどには行かずに、ここの譲渡会などに参加して、里親になりたいと言うことです。
いつの日か・・・
<昨日はうれし泣きしました・・・>
実は、明日「その子」を動物指導センターに「引き取り」に行きます。
そう、飼い主が見つかったんです。
実は、結局そのN夫妻がその子を引き取る決心をしました。
二人でたっぷり悩んで、話し合って。
昨日3人でゆっくりと話しました。
飼うことの難しさ、これからの大変さ。
それでも、その子を引き取ると言ってくれた・・・・
僕はこの2人の決断に心から感謝し、そして最大限の協力をすることを誓いました。
3人で協力して「その子」の運命をまた変えることになりそうです。
ただ・・・まだ産まれて間もない、ちみっちゃい「仔犬」が私達の心、運命を変えてしまったようです。
やっぱりこれは「奇跡」のような出来事なんですね。
私は「導き」を感じずにはいられませんでした。
「これも何かの縁だしさ・・・」という優しい言葉が耳から離れません。
これからたまには我が家に「泊まり」に来ることでしょう。
最後に「その子」をお見せします。


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