2007.10.22 (Mon)
舞台は広い方が・・・
昨日「世界の子供がSOS The仕事人バンク マチャアキジャパン」と言う番組を見ていた。
番組名はむやみに長いが内容はなかなかいい番組だ。
世界の子供たちが悩みを持ってSOSを出してくる、その願いを日本の伝統芸能をもつ「職人」かなえるというもの。
このスタンスがいい、伝統職人芸を利用しての国際協力。
持続的技術協力、適応技術というものは国際協力に重要な意味を持つ。
昔の日本の海外の援助協力のあり方は、とにかくお金をつぎ込んで、技術というより「箱もの」を提供するような援助が多く、適応性・持続性に問題があるものが多かった。
例えば、灌漑事業であれば1機ん十万円もするような高価なポンプがいくつも設置された巨大灌漑施設を作って、後は現地の人に任せ、その後は知らん顔。当然そんな高度な技術工作物を維持管理する技術者はいない、そしてそれを動かす電気代や油代は現地持ちだから、お金が無くなったら止まってしまう。壊れても高くて直すお金がない、ましてや現地の技術者が直すことなんて不可能・・・こうして日本のお金、税金が湯水のように使われた援助工作物は朽ち果てて、やっかいな遺産として残っていくのだ・・・。
その後も多少は学習し、現地に工場や技術者を育てる努力もされたと思うが、あまり効果が上がらないのは結果として歴然と残っている。
そりゃそうだ、先進国で子供の頃から、数学や科学を身につける環境がある人々が一生懸命勉強して、大学まで行ってそれについてようやく理解できて、設計や修理が出来るものを、まだ識字率がどうのとか、乳児死亡率がものすごい高い数値を示している国にいって、先進国と同じレベルの技術者を育てよう、と言うのがどだい無理な話。
全く無理・・・とは言わないが、広い国土の中で1人や2人の技術者が育ったって意味はないのだ。
それよりも、我々が通ってきた道を振り返って、その根付く伝統技術。
電気を使わない、先端技術を必要としない技術こそが重要な技術である。
現地の材料で、現地の人々に教えながら、井戸の堀片、ポンプの付け方、ポンプの直し方を覚えてもらう。我々が通ってきた道を振り返ればいくらでも彼らの生活を改善したり、今よりも豊にする方法があるのだ。
今回の番組ではその辺が強調されていたのが良かった。
番組的には、失われかけた職人の「伝統芸能・伝統技術」が今海外の人々に必要とされていて実際に役にたつという事実、その辺がその技術を育んだという「日本人の誇り」を軽くくすぐる事が目的だったろう。
紙漉(かみすき)の技術
竈(かまど)の技術
上総堀(かずさぼり)の技術
今の日本にはもはや不要となってしまった技術・伝統。
ちょっともの悲しい気分にもなります。
「職人」気質の日本人としては、こういったアナログ技術、職人芸という物を大切に伝承していく事が必要ではないかと思います。
そういえば、先日のアフガニスタンの中村先生の水路も、現地の材料を・現地の技術を利用した「石組み」の水路を作っていた。
これは本当に重要なことだと思う。
現地の人々も、自分たちにもできる、自分たちの技術が生かされると思えば、その水路は大事にされるし、誇りを持って仕事をすることができる。与えられた水路とは根本からその位置づけがちがう。
自分もこうした人たちの一人として活躍できるならば、どんなにか充実した日々を送れるだろう。
そんなことを考える、日本はとにかく生きにくい。
でもそんな日本だからこそ、必要なできること事もあるのでは?と思ったりもする。
僕の人生は誰かに与えられたもので、その時その時必要な物を学ぶためにそこに送り込まれているとしたら、僕には何ができるんだろう。
医学を目指して後ちょっと届かず工学部に入り、土木を学んで、海外に行った。そこで農業技術に出逢い、人に出会い、農業土木の知識も手に入れた。そして、ちょっとした間、紙や印刷にも関わり、音楽や楽器についても知識や経験を得た。途中には色々な人の話を聞いて、地雷や不発弾、エイズやマラリアの事も勉強した。人にはいろんな人がいる事も知った。
僕には何ができるんだろう・・・
次の舞台はどんな舞台だ?
まだまだ先は長いのに、自分ってこんなに面白い人生を送っているのかと、改めて感じる。
贅沢だな・・・そして面白い。
番組名はむやみに長いが内容はなかなかいい番組だ。
世界の子供たちが悩みを持ってSOSを出してくる、その願いを日本の伝統芸能をもつ「職人」かなえるというもの。
このスタンスがいい、伝統職人芸を利用しての国際協力。
持続的技術協力、適応技術というものは国際協力に重要な意味を持つ。
昔の日本の海外の援助協力のあり方は、とにかくお金をつぎ込んで、技術というより「箱もの」を提供するような援助が多く、適応性・持続性に問題があるものが多かった。
例えば、灌漑事業であれば1機ん十万円もするような高価なポンプがいくつも設置された巨大灌漑施設を作って、後は現地の人に任せ、その後は知らん顔。当然そんな高度な技術工作物を維持管理する技術者はいない、そしてそれを動かす電気代や油代は現地持ちだから、お金が無くなったら止まってしまう。壊れても高くて直すお金がない、ましてや現地の技術者が直すことなんて不可能・・・こうして日本のお金、税金が湯水のように使われた援助工作物は朽ち果てて、やっかいな遺産として残っていくのだ・・・。
その後も多少は学習し、現地に工場や技術者を育てる努力もされたと思うが、あまり効果が上がらないのは結果として歴然と残っている。
そりゃそうだ、先進国で子供の頃から、数学や科学を身につける環境がある人々が一生懸命勉強して、大学まで行ってそれについてようやく理解できて、設計や修理が出来るものを、まだ識字率がどうのとか、乳児死亡率がものすごい高い数値を示している国にいって、先進国と同じレベルの技術者を育てよう、と言うのがどだい無理な話。
全く無理・・・とは言わないが、広い国土の中で1人や2人の技術者が育ったって意味はないのだ。
それよりも、我々が通ってきた道を振り返って、その根付く伝統技術。
電気を使わない、先端技術を必要としない技術こそが重要な技術である。
現地の材料で、現地の人々に教えながら、井戸の堀片、ポンプの付け方、ポンプの直し方を覚えてもらう。我々が通ってきた道を振り返ればいくらでも彼らの生活を改善したり、今よりも豊にする方法があるのだ。
今回の番組ではその辺が強調されていたのが良かった。
番組的には、失われかけた職人の「伝統芸能・伝統技術」が今海外の人々に必要とされていて実際に役にたつという事実、その辺がその技術を育んだという「日本人の誇り」を軽くくすぐる事が目的だったろう。
紙漉(かみすき)の技術
竈(かまど)の技術
上総堀(かずさぼり)の技術
今の日本にはもはや不要となってしまった技術・伝統。
ちょっともの悲しい気分にもなります。
「職人」気質の日本人としては、こういったアナログ技術、職人芸という物を大切に伝承していく事が必要ではないかと思います。
そういえば、先日のアフガニスタンの中村先生の水路も、現地の材料を・現地の技術を利用した「石組み」の水路を作っていた。
これは本当に重要なことだと思う。
現地の人々も、自分たちにもできる、自分たちの技術が生かされると思えば、その水路は大事にされるし、誇りを持って仕事をすることができる。与えられた水路とは根本からその位置づけがちがう。
自分もこうした人たちの一人として活躍できるならば、どんなにか充実した日々を送れるだろう。
そんなことを考える、日本はとにかく生きにくい。
でもそんな日本だからこそ、必要なできること事もあるのでは?と思ったりもする。
僕の人生は誰かに与えられたもので、その時その時必要な物を学ぶためにそこに送り込まれているとしたら、僕には何ができるんだろう。
医学を目指して後ちょっと届かず工学部に入り、土木を学んで、海外に行った。そこで農業技術に出逢い、人に出会い、農業土木の知識も手に入れた。そして、ちょっとした間、紙や印刷にも関わり、音楽や楽器についても知識や経験を得た。途中には色々な人の話を聞いて、地雷や不発弾、エイズやマラリアの事も勉強した。人にはいろんな人がいる事も知った。
僕には何ができるんだろう・・・
次の舞台はどんな舞台だ?
まだまだ先は長いのに、自分ってこんなに面白い人生を送っているのかと、改めて感じる。
贅沢だな・・・そして面白い。
2007.10.20 (Sat)
母との会話
昨日、ようやく夜に時間ができて、実家に電話した。
玄米ご飯を炊くのに約2時間をかけるので、その時間を使っての久しぶりの電話だ。
実は数日前、実家から母の手作り品が届いた。
・イクラの醤油漬け
・ウニの塩漬け(手作りだろうが、これはおそらくもらいものか?)
・南蛮味噌
・キュウリの漬け物
母の手作りイクラの醤油漬けは、昔からうなるほど食べてきた。
この辺の人が聞いたら「それは贅沢な!」とうなるかも知れないが、正直当たり前に毎年食べていたので、余りありがたみは無かったね。
しかし北海道をそして日本を離れてみて、これほど食べる機会が無くなるとは思っても見なかった。そしてこれほど高級な物だったとは考えもしていなかった。
それほど当たり前だったんですが、あらためてイクラが美味しく感じます。炊きたての白米にモッサリかけて食べる瞬間はもう至福・・・
玄米ごはんが主食の僕ですが、イクラには玄米よりも白米が合う気がします。
だから昨日は食べません、ウニは食べました・・・美味かったなぁ。
そんな事もあり、例の話と送られたもののお礼もあって電話した。
しばらく電話をしてなかったせいなのか、ずいぶんと心配をかけていたようである、声からそれがよく分かる。昔は煩わしかった母の「こごと」も今では耳に心地よいほどだ。手術は成功したとはいえ母親が「乳ガン」にかかったことも精神的に影響しているのかな・・・。
例の話、今年いっぱいでギター文化館を辞めて実家に帰ると言う話をした。おそらくお節介でやさしい家族思いの兄嫁などが僕のブログをチェックして、母に報告していたものか・・・内容にさほどに驚きもせず「大丈夫なの?」を声をかけてくれる。珍しくもそのことに関しては説教もなし。・・・ありがたい・・・
話せたことで、僕の心も少し重みが消えた気がする。
昨日はゆっくりと眠れた・・・。
先のことを考えると心が重くなる、今の僕には耐えられるかどうかが微妙なところなので考えないようにしている。
海外に出ようか・・・
お寺にでも入って出家するというのもいい・・・
カトリックの家庭に育ち、もし聖職者になるなら神父になるべきだろうけど「仏教」へのあこがれがあることも確かだ・・・今の僕には厳しい修行が必要な気がする、肉体をむち打って精神を極限に追い込むような修行が・・・
でもやはり海外という言葉が気になった。
今朝見た番組でアフガニスタンで活動する日本人医師がゲストで出ていて、その話を聞いた。
中村哲さんというかたで、ペシャワール会というNGO(NPOかも)を組織されている。
その中村医師は農業復興、砂漠の緑化のために土木の勉強をして水路設計までしたそうな。専門外のことなのに、そこまでできる精神力はどこから生まれてくるのだろう・・・本当に尊敬に値する。
ペシャワール会HP
正直このような活動をしている人たちを見ると、知ると、今の自分が小さく思える。何をやっているんだろう・・・。
心を動かされた気分だ、こういうのも良いかな? と思う。
アフガニスタンのような戦乱の土地で農業・土木の技術を使って働く。
悪くないんじゃないか?
幸いと言っていいか、僕には土木の知識・農業の知識、その技術分野で英語で仕事した経験もある。もってこいなのでは?
イスラム圏の人々は我々が思うほど攻撃的じゃない。それはJICAで海外の研修員相手に仕事していたときの経験から知っている。アフガニスタンの人もいた。
彼らの瞳は美しいエメラルドグリーンで、その人柄は純朴そのもの。思い出すと懐かしくなる。
宗教が全ての戦争の原因ともなっている、西対東の冷戦とは根本的に意味合いが違う・・・宗教戦争は悲惨だ。しかしその狭間で苦しめられている人たちがいることも事実だ・・・
一度ゆっくり情報収集して、考えてみよう。
父や母はそんな事は望まないかも知れないが、そのような生き方が僕には会っているような気もする。この安穏として人間関係が破綻しやすい日本の国はどこか居づらいものを感じる。一生・・・とは言わないがそういった局地での作業は今まで見つけられなかった「なにか」を見せてくれそうな予感がする。
面白いな・・・
玄米ご飯を炊くのに約2時間をかけるので、その時間を使っての久しぶりの電話だ。
実は数日前、実家から母の手作り品が届いた。
・イクラの醤油漬け
・ウニの塩漬け(手作りだろうが、これはおそらくもらいものか?)
・南蛮味噌
・キュウリの漬け物
母の手作りイクラの醤油漬けは、昔からうなるほど食べてきた。
この辺の人が聞いたら「それは贅沢な!」とうなるかも知れないが、正直当たり前に毎年食べていたので、余りありがたみは無かったね。
しかし北海道をそして日本を離れてみて、これほど食べる機会が無くなるとは思っても見なかった。そしてこれほど高級な物だったとは考えもしていなかった。
それほど当たり前だったんですが、あらためてイクラが美味しく感じます。炊きたての白米にモッサリかけて食べる瞬間はもう至福・・・
玄米ごはんが主食の僕ですが、イクラには玄米よりも白米が合う気がします。
だから昨日は食べません、ウニは食べました・・・美味かったなぁ。
そんな事もあり、例の話と送られたもののお礼もあって電話した。
しばらく電話をしてなかったせいなのか、ずいぶんと心配をかけていたようである、声からそれがよく分かる。昔は煩わしかった母の「こごと」も今では耳に心地よいほどだ。手術は成功したとはいえ母親が「乳ガン」にかかったことも精神的に影響しているのかな・・・。
例の話、今年いっぱいでギター文化館を辞めて実家に帰ると言う話をした。おそらくお節介でやさしい家族思いの兄嫁などが僕のブログをチェックして、母に報告していたものか・・・内容にさほどに驚きもせず「大丈夫なの?」を声をかけてくれる。珍しくもそのことに関しては説教もなし。・・・ありがたい・・・
話せたことで、僕の心も少し重みが消えた気がする。
昨日はゆっくりと眠れた・・・。
先のことを考えると心が重くなる、今の僕には耐えられるかどうかが微妙なところなので考えないようにしている。
海外に出ようか・・・
お寺にでも入って出家するというのもいい・・・
カトリックの家庭に育ち、もし聖職者になるなら神父になるべきだろうけど「仏教」へのあこがれがあることも確かだ・・・今の僕には厳しい修行が必要な気がする、肉体をむち打って精神を極限に追い込むような修行が・・・
でもやはり海外という言葉が気になった。
今朝見た番組でアフガニスタンで活動する日本人医師がゲストで出ていて、その話を聞いた。
中村哲さんというかたで、ペシャワール会というNGO(NPOかも)を組織されている。
その中村医師は農業復興、砂漠の緑化のために土木の勉強をして水路設計までしたそうな。専門外のことなのに、そこまでできる精神力はどこから生まれてくるのだろう・・・本当に尊敬に値する。
ペシャワール会HP
正直このような活動をしている人たちを見ると、知ると、今の自分が小さく思える。何をやっているんだろう・・・。
心を動かされた気分だ、こういうのも良いかな? と思う。
アフガニスタンのような戦乱の土地で農業・土木の技術を使って働く。
悪くないんじゃないか?
幸いと言っていいか、僕には土木の知識・農業の知識、その技術分野で英語で仕事した経験もある。もってこいなのでは?
イスラム圏の人々は我々が思うほど攻撃的じゃない。それはJICAで海外の研修員相手に仕事していたときの経験から知っている。アフガニスタンの人もいた。
彼らの瞳は美しいエメラルドグリーンで、その人柄は純朴そのもの。思い出すと懐かしくなる。
宗教が全ての戦争の原因ともなっている、西対東の冷戦とは根本的に意味合いが違う・・・宗教戦争は悲惨だ。しかしその狭間で苦しめられている人たちがいることも事実だ・・・
一度ゆっくり情報収集して、考えてみよう。
父や母はそんな事は望まないかも知れないが、そのような生き方が僕には会っているような気もする。この安穏として人間関係が破綻しやすい日本の国はどこか居づらいものを感じる。一生・・・とは言わないがそういった局地での作業は今まで見つけられなかった「なにか」を見せてくれそうな予感がする。
面白いな・・・
2007.10.10 (Wed)
風邪の日は・・・
なんだか最近風邪をひきやすい気がする・・・、何かのイベントの節目節目で風邪をひく私・・・ストレスかしらん?
こういうとき、というか最近の風邪の引き方のパターンが分かってきたので、対処もしやすいこの頃です。
ひどい風邪をひくと思い出すのが、ラオスでの日々
ラオスは今ごろになると「乾期」がやってくる。
正直亜熱帯の国だから「四季なんてない」と思うかも知れないが、雪こそ降らないけど結構季節の移り変わりを感じることがある。
大まかに分けると「乾期」が冬で「雨期」が夏。「乾期」は寒くて「雨期」は暑い。
それで、雨季と乾季のはざまは春や秋のように穏やかな天気が続く。
ラオスという国は、乾期になるとどこかしこで「赤土」が舞い上がって噂に聞く中国奥地黄河上流の「黄砂」を感じさせる。
写真でしか見たこと無いけど。
寒くて乾燥した中で強い風が吹く、基本的に土地は赤土の粘土質で粒子の細かい土がほとんどなので、乾燥して砕けると舞い上がりやすい。
砂のように、サラサラしている土と違って、粒子が小さいから風に乗りやすいんだね。
そんなわけで乾期になると、空気は乾燥するし、家は雨期を基本に造っているから寒い、そしてこの土煙が舞い上がるので「呼吸器」をやられやすい。
咳風邪が出やすい僕にはあまり向かない環境だ。
こういうときはマスクか、マフラーで鼻と口を塞いでバイクに乗ってた。
でも、やっぱり節目節目で風邪をよくひく私。
2年間の間に1回だけ強烈な風邪をひいた。しかも行ってすぐの時。
まだ現地に派遣もされてないときにそんなひどい風邪をひいたので、同期隊員が看病してくれた。
同期隊員は、私以外全員女性というあまりにも恵まれた環境で、しかも私以外全員「医療系」の隊員だった。
同期隊員は女性が4名「看護婦」2人と「助産婦」2人だ。
こういう病気のときは本当に頼りになる。
少々お節介が過ぎるところもあったけどね・・・でも大切な同期隊員。
最近は音信不通です。
その「土煙」はラオス語で「キーフン」(ほこり・ちり)と言われるが、これがくせ者。
人間の呼吸器だけでなく、粒子が細かく、どこにでも進入するので「パソコン」などは格好の標的となった。
聞いた話しでは、しばらくしてパソコンのハードが読みにくくなり、ついには止まってしまったので、壊してもいいつもりで分解してみたら、「土のかたまり」が出てきたという話しもある。
ギター文化館のエアコンダクトもフィルターの向こうで、削ったローズウッドの粉でびっしり詰まっていたらしいがそれと同じ現象でしょう。
粒子が細かいと、フィルターを通過してしまい、静電気を持つ物に集積されます。
怖い怖い・・・せっかくのPCが壊れてしまったらドウシマショ・・・だね。
寒い季節が来ると、風邪をひくと、このときの事が思い出されます。
ラオスの乾期はかなり寒いですよ。
これから行く人は十分気をつけて下さい。
マフラーとマスクは必需品です。
こういうとき、というか最近の風邪の引き方のパターンが分かってきたので、対処もしやすいこの頃です。
ひどい風邪をひくと思い出すのが、ラオスでの日々
ラオスは今ごろになると「乾期」がやってくる。
正直亜熱帯の国だから「四季なんてない」と思うかも知れないが、雪こそ降らないけど結構季節の移り変わりを感じることがある。
大まかに分けると「乾期」が冬で「雨期」が夏。「乾期」は寒くて「雨期」は暑い。
それで、雨季と乾季のはざまは春や秋のように穏やかな天気が続く。
ラオスという国は、乾期になるとどこかしこで「赤土」が舞い上がって噂に聞く中国奥地黄河上流の「黄砂」を感じさせる。
写真でしか見たこと無いけど。
寒くて乾燥した中で強い風が吹く、基本的に土地は赤土の粘土質で粒子の細かい土がほとんどなので、乾燥して砕けると舞い上がりやすい。
砂のように、サラサラしている土と違って、粒子が小さいから風に乗りやすいんだね。
そんなわけで乾期になると、空気は乾燥するし、家は雨期を基本に造っているから寒い、そしてこの土煙が舞い上がるので「呼吸器」をやられやすい。
咳風邪が出やすい僕にはあまり向かない環境だ。
こういうときはマスクか、マフラーで鼻と口を塞いでバイクに乗ってた。
でも、やっぱり節目節目で風邪をよくひく私。
2年間の間に1回だけ強烈な風邪をひいた。しかも行ってすぐの時。
まだ現地に派遣もされてないときにそんなひどい風邪をひいたので、同期隊員が看病してくれた。
同期隊員は、私以外全員女性というあまりにも恵まれた環境で、しかも私以外全員「医療系」の隊員だった。
同期隊員は女性が4名「看護婦」2人と「助産婦」2人だ。
こういう病気のときは本当に頼りになる。
少々お節介が過ぎるところもあったけどね・・・でも大切な同期隊員。
最近は音信不通です。
その「土煙」はラオス語で「キーフン」(ほこり・ちり)と言われるが、これがくせ者。
人間の呼吸器だけでなく、粒子が細かく、どこにでも進入するので「パソコン」などは格好の標的となった。
聞いた話しでは、しばらくしてパソコンのハードが読みにくくなり、ついには止まってしまったので、壊してもいいつもりで分解してみたら、「土のかたまり」が出てきたという話しもある。
ギター文化館のエアコンダクトもフィルターの向こうで、削ったローズウッドの粉でびっしり詰まっていたらしいがそれと同じ現象でしょう。
粒子が細かいと、フィルターを通過してしまい、静電気を持つ物に集積されます。
怖い怖い・・・せっかくのPCが壊れてしまったらドウシマショ・・・だね。
寒い季節が来ると、風邪をひくと、このときの事が思い出されます。
ラオスの乾期はかなり寒いですよ。
これから行く人は十分気をつけて下さい。
マフラーとマスクは必需品です。
2007.10.03 (Wed)
最近思うこと・・・
※書き忘れていたことがあったので、加筆して再公開しました。
最近、秋が深まりいい季節になってきました。
この時期は夜が暑苦しくなくて、よく眠れるので大好きです。
寝過ぎる傾向もありますが・・・
休みの日となると、あまりに長い時間寝ているので、夜には眠れなくなります。
そういったことを避けようと、前の晩9時頃に寝ても、結局11時頃まで床を抜け出せず、14時間寝っぱなしと言うこともしばしば。
「寝だめ」ができると言う感じでしょうか?
私にとしては、1日のサイクルが24時間じゃ足りないような体質なのでは?と考えてしまいます。
寝る時間も、起きている時間も意識しないでいると、どんどん狂ってきますので。
10時間くらい寝て、18時間くらい起きている・・・1日が28時間くらいになるとちょうどいい気がします。
なんなんでしょ・・・
そういう私でも、最近の「秋の夜長」は読書や映画鑑賞で楽しんでいますが、ふっと気が付くとずーっと考え事をしてます。
テレビつけてても見ていない、本を開いていても読んで無い状態でずーっと時間が過ぎてる。
不思議です・・・本当にボーっとしている時間が過ぎてます。
でも、こういう時間が結構好きなのは何故なんでしょ・・・
最近考えていて、思うことがある。
僕は「贅沢」な人生を過ごしているねぇ・・・と
今まで、やりたいな・・・こんな仕事やってみたいな・・・と思った仕事には何故か縁があって、その仕事に就くことができた。
土木関係の技術屋の仕事、海外青年協力隊、JICAでの指導員、ギター文化館・・・
技術屋の仕事から、技術移転の国際協力事業、はたまた文化的な仕事まで様々、中には印刷屋というものまである。
これは、人間一人の人生としてみると、本当に贅沢なくらい様々な職業をこなしていると思う。
そのどれもが長くは無かったけど、良い経験・面白い知識を得られた気がする。
基本的に誰かに何かを伝える・・・という事が性に合っているかも知れない。
そういった意味では、国際協力の仕事をしていたときが一番充実していたと思う。
他のことに目を向けてみる
中学時代に好きな女の子がいてその子が吹奏楽をやってたせいもあり、音楽をやってみたいな・・・と思ったら、高校に入って「クラシックギター」という素晴らしい楽器と音楽に出会えた。
音楽というものにであえた・・・というのは本当に素晴らしいことだったと思う。
音楽は自己表現の一つ。
他にも無数の自己表現の方法があるとは思うけど、その中でも最も人間の感性というか、心の奥底までを人に伝えられる手段で、しかも言語や人種に縛られない、素晴らしいものだと思う。
そんな音楽に出会えたのは、きっとあの子を好きになったせいだったし、札幌のあの高校に行けたからなんだと思う。
不思議な巡り合わせを感じます。
この高校は実は行けそうだった進学校を諦めて「2番手」として選んだ学校だった。
しかも、1級先輩の幼なじみがその高校へ行っていなかったら、きっと行くことは無かったろうと思う。
振り返って、人生の中での一番最初の大きな転機は「札幌光星高校」を選んだことだろうと思う。
人生やり直せるなら、おそらく高校時代を選ぶだろう、それだけは間違いない。
高校時代から大学時代は、ミッション系の高校だったと言うこともあって、カトリック教会の高校生の集い、青年の集いにその全青春を注ぎ込んだと言っても過言ではなかった。
そこで、生涯の友と呼べる友人に出逢い、信仰に出逢った。
好きな女性とも出会い、交際することもできた。
今から考えても、可愛くて、性格が良く、素敵な女性だった。
何であんな女性が一時でもこんな僕と付き合って、別れて、また付き合うなどと言うことを繰り返したのか? 今でも信じられない。
おつき合いした女性を思い返してみると、どれも素敵な女性ばかりだった。あらためて自分が面食いなのであると言うことが分かる・・・。
俺って贅沢な人生過ごしているな・・・
自分で努力しなくても、不思議な導きで最高の友人と出会い、素敵な女性と出会い、素晴らしい音楽にも触れている。
正直高校選びに関しては、もうちょっと頑張って、もうちょっと度胸があれば地元の公立進学校に行けたと思う。
でも、なんであそこで「光星高校」を選んだのか不思議・・・
導かれているんだ・・・と感じる。
では今は? と考える・・・
仕事はどうしようかと、悩んでいる。
これだけ「贅沢な人生」を送っているのだから、そろそろ「おかえし」をする必要があるんじゃないだろうか? と考える。
そういう観点で新しい仕事やこれからの人生を考えていけば、道は意外にも簡単に開ける気がするこの頃・・・
何をすれば、誰にお返しをすればいいのかな?
お父さん? お母さん? 恩師? ・・・どれも違う気がする。
もちろん、そういった自分が育つために手を貸して下さった人たちにおかえしするのは当たり前だろうけど、自分の人生をしっかりと持って、幸せに生きていればそれ自体が「おかえし」となる気がする。
だからもっと広く考えなきゃならないとおもう。
仕事も探さなきゃ・・・生き方以前に。
生きていくためには、働かなければならないのは当たり前で、社会や家族のお荷物になるつもりはない。
何をしようと言うことよりも、10年後の自分を想像してみる。
どんなことしてるかな?
ちょっと前までは「人間努力すれば、何でもできる」と思っていたが、現実はそうでもないことに気づく。
確かに、努力してどんなことにでも挑戦すると言うことは素晴らしいことだと思うし、そうでなければ人類は進化していかないとも思う。
そうはいっても、育ってきた環境というもので、それぞれの人間に向いているもの、向いていないものがあるのはむしろ当たり前で、そこに適正というものがあるのだと思う。
人生が定まらなくても不安を感じなかった、ちょっと前の自分なら「新しいことに、全くやったことがない事に挑戦するのが良いだろう。新しい自分の適正が見つかるかも・・・」と思っていた。
最近、色々な仕事をやってきたこともあり、色々な人間と出会い、自分という物を見つめる時間が多かったこともあり、何となく自分の適正という物を分かってきた気がする。
だから、きっと「こんな事できるだろうか?」という全くの挑戦はしないでしょうね。
例えば・・・コンビニ店長とか・・・パチンコ屋の店員とか・・・とくに「お客様は神様です」的な職業は向かないですね。
ま、経験のためだけに「水商売」的な仕事も短期間ならやってみたいと思いますが・・・バーテンとか・・・話しを聞いたり、話しをするのは嫌いじゃないし・・・
それはさておき、おそらく今後選ぶ職業は心から「この仕事でやっていける」と感じたときだろうと思います。
そうでなければ、明らかに「腰掛け」ですね。
うーん、腰掛けで「水商売」も悪くないかも・・・地元に帰って行きつけの飲み屋に頼んでみるか・・・?
でも、やっぱり心に引っかかるのは、国際協力・・・かな?
自分が持ってる財産、知識や経験、技術を人々に還元することができて、けっしてそれが利益追求のためでなく、関わる人たちの発展に寄与する、そんなのも一つの「おかえし」だと思う。
国際協力の仕事では足かけ5年間関わっている、でも「何かを達成した」という気持ちが抱けずに、何となくやり残しを感じているのも事実。
できれば、もう一度「青年海外協力隊」に参加したい気がする。
「専門家」という道もあろうけど、門が狭いし現場から2年以上離れていると、難しいと思う。
また「協力隊」だからこそできる、感じられる達成感がある気がする。
「気がする」だけかも知れないが、確かめに行きたい。
でも、もうひとつ見えかけている道もある・・・
今年の3月に地元の修道院の院長様に言われた言葉が心に残っている。
僕の結婚が駄目になったと聞いて院長様が言った一言
「あらっ・・・そうなの? それじゃ神様が力くんをがっちり捕まえているのかも知れないわね? きっとそうよ。」
最近、秋が深まりいい季節になってきました。
この時期は夜が暑苦しくなくて、よく眠れるので大好きです。
寝過ぎる傾向もありますが・・・
休みの日となると、あまりに長い時間寝ているので、夜には眠れなくなります。
そういったことを避けようと、前の晩9時頃に寝ても、結局11時頃まで床を抜け出せず、14時間寝っぱなしと言うこともしばしば。
「寝だめ」ができると言う感じでしょうか?
私にとしては、1日のサイクルが24時間じゃ足りないような体質なのでは?と考えてしまいます。
寝る時間も、起きている時間も意識しないでいると、どんどん狂ってきますので。
10時間くらい寝て、18時間くらい起きている・・・1日が28時間くらいになるとちょうどいい気がします。
なんなんでしょ・・・
そういう私でも、最近の「秋の夜長」は読書や映画鑑賞で楽しんでいますが、ふっと気が付くとずーっと考え事をしてます。
テレビつけてても見ていない、本を開いていても読んで無い状態でずーっと時間が過ぎてる。
不思議です・・・本当にボーっとしている時間が過ぎてます。
でも、こういう時間が結構好きなのは何故なんでしょ・・・
最近考えていて、思うことがある。
僕は「贅沢」な人生を過ごしているねぇ・・・と
今まで、やりたいな・・・こんな仕事やってみたいな・・・と思った仕事には何故か縁があって、その仕事に就くことができた。
土木関係の技術屋の仕事、海外青年協力隊、JICAでの指導員、ギター文化館・・・
技術屋の仕事から、技術移転の国際協力事業、はたまた文化的な仕事まで様々、中には印刷屋というものまである。
これは、人間一人の人生としてみると、本当に贅沢なくらい様々な職業をこなしていると思う。
そのどれもが長くは無かったけど、良い経験・面白い知識を得られた気がする。
基本的に誰かに何かを伝える・・・という事が性に合っているかも知れない。
そういった意味では、国際協力の仕事をしていたときが一番充実していたと思う。
他のことに目を向けてみる
中学時代に好きな女の子がいてその子が吹奏楽をやってたせいもあり、音楽をやってみたいな・・・と思ったら、高校に入って「クラシックギター」という素晴らしい楽器と音楽に出会えた。
音楽というものにであえた・・・というのは本当に素晴らしいことだったと思う。
音楽は自己表現の一つ。
他にも無数の自己表現の方法があるとは思うけど、その中でも最も人間の感性というか、心の奥底までを人に伝えられる手段で、しかも言語や人種に縛られない、素晴らしいものだと思う。
そんな音楽に出会えたのは、きっとあの子を好きになったせいだったし、札幌のあの高校に行けたからなんだと思う。
不思議な巡り合わせを感じます。
この高校は実は行けそうだった進学校を諦めて「2番手」として選んだ学校だった。
しかも、1級先輩の幼なじみがその高校へ行っていなかったら、きっと行くことは無かったろうと思う。
振り返って、人生の中での一番最初の大きな転機は「札幌光星高校」を選んだことだろうと思う。
人生やり直せるなら、おそらく高校時代を選ぶだろう、それだけは間違いない。
高校時代から大学時代は、ミッション系の高校だったと言うこともあって、カトリック教会の高校生の集い、青年の集いにその全青春を注ぎ込んだと言っても過言ではなかった。
そこで、生涯の友と呼べる友人に出逢い、信仰に出逢った。
好きな女性とも出会い、交際することもできた。
今から考えても、可愛くて、性格が良く、素敵な女性だった。
何であんな女性が一時でもこんな僕と付き合って、別れて、また付き合うなどと言うことを繰り返したのか? 今でも信じられない。
おつき合いした女性を思い返してみると、どれも素敵な女性ばかりだった。あらためて自分が面食いなのであると言うことが分かる・・・。
俺って贅沢な人生過ごしているな・・・
自分で努力しなくても、不思議な導きで最高の友人と出会い、素敵な女性と出会い、素晴らしい音楽にも触れている。
正直高校選びに関しては、もうちょっと頑張って、もうちょっと度胸があれば地元の公立進学校に行けたと思う。
でも、なんであそこで「光星高校」を選んだのか不思議・・・
導かれているんだ・・・と感じる。
では今は? と考える・・・
仕事はどうしようかと、悩んでいる。
これだけ「贅沢な人生」を送っているのだから、そろそろ「おかえし」をする必要があるんじゃないだろうか? と考える。
そういう観点で新しい仕事やこれからの人生を考えていけば、道は意外にも簡単に開ける気がするこの頃・・・
何をすれば、誰にお返しをすればいいのかな?
お父さん? お母さん? 恩師? ・・・どれも違う気がする。
もちろん、そういった自分が育つために手を貸して下さった人たちにおかえしするのは当たり前だろうけど、自分の人生をしっかりと持って、幸せに生きていればそれ自体が「おかえし」となる気がする。
だからもっと広く考えなきゃならないとおもう。
仕事も探さなきゃ・・・生き方以前に。
生きていくためには、働かなければならないのは当たり前で、社会や家族のお荷物になるつもりはない。
何をしようと言うことよりも、10年後の自分を想像してみる。
どんなことしてるかな?
ちょっと前までは「人間努力すれば、何でもできる」と思っていたが、現実はそうでもないことに気づく。
確かに、努力してどんなことにでも挑戦すると言うことは素晴らしいことだと思うし、そうでなければ人類は進化していかないとも思う。
そうはいっても、育ってきた環境というもので、それぞれの人間に向いているもの、向いていないものがあるのはむしろ当たり前で、そこに適正というものがあるのだと思う。
人生が定まらなくても不安を感じなかった、ちょっと前の自分なら「新しいことに、全くやったことがない事に挑戦するのが良いだろう。新しい自分の適正が見つかるかも・・・」と思っていた。
最近、色々な仕事をやってきたこともあり、色々な人間と出会い、自分という物を見つめる時間が多かったこともあり、何となく自分の適正という物を分かってきた気がする。
だから、きっと「こんな事できるだろうか?」という全くの挑戦はしないでしょうね。
例えば・・・コンビニ店長とか・・・パチンコ屋の店員とか・・・とくに「お客様は神様です」的な職業は向かないですね。
ま、経験のためだけに「水商売」的な仕事も短期間ならやってみたいと思いますが・・・バーテンとか・・・話しを聞いたり、話しをするのは嫌いじゃないし・・・
それはさておき、おそらく今後選ぶ職業は心から「この仕事でやっていける」と感じたときだろうと思います。
そうでなければ、明らかに「腰掛け」ですね。
うーん、腰掛けで「水商売」も悪くないかも・・・地元に帰って行きつけの飲み屋に頼んでみるか・・・?
でも、やっぱり心に引っかかるのは、国際協力・・・かな?
自分が持ってる財産、知識や経験、技術を人々に還元することができて、けっしてそれが利益追求のためでなく、関わる人たちの発展に寄与する、そんなのも一つの「おかえし」だと思う。
国際協力の仕事では足かけ5年間関わっている、でも「何かを達成した」という気持ちが抱けずに、何となくやり残しを感じているのも事実。
できれば、もう一度「青年海外協力隊」に参加したい気がする。
「専門家」という道もあろうけど、門が狭いし現場から2年以上離れていると、難しいと思う。
また「協力隊」だからこそできる、感じられる達成感がある気がする。
「気がする」だけかも知れないが、確かめに行きたい。
でも、もうひとつ見えかけている道もある・・・
今年の3月に地元の修道院の院長様に言われた言葉が心に残っている。
僕の結婚が駄目になったと聞いて院長様が言った一言
「あらっ・・・そうなの? それじゃ神様が力くんをがっちり捕まえているのかも知れないわね? きっとそうよ。」
2007.09.05 (Wed)
海外へ・・・?
自分の意志を決めて、伝えて、すっきりして、2日続けて温泉に行ってゆっくり考えていました。
海外への気持ちが日増しに高まっています。
先日、元の職場から「こういう仕事があるんだけど、いかがですか?」とお誘いを受けてからだ・・・
その時のお誘いは、時期があまりに近すぎて、さすがに職場放棄はできずにお断りした。
・・・でも、考える。
・・・もし、来年からの仕事・・・と言うことだったらどうだったろうか?
・・・きっと受けていただろうな。
基本的に性質が技術者な私・・・別に飛び抜けてすごい技術を持っていると言うのではなく「自分のもてる技術」をフル活用できる仕事に向いている気がします。
人と会うのは好きだし、話しをするのが好きですが「愛想笑い」や「お世辞」などの接客に必要な「ビジネストーク」を苦手・・・と言うより、好きではない私です。
えらそ〜な「自慢話」をふんふんいいながら聞くことが出来ない私・・・
・・・カンベンシテクレ(;-ω-)=3 ハァ〜
いや〜らしい「陰口」・・・をそうですねぇ〜などといながら聞き流せない私・・・
・・・( ゚д゚)ハァ? ・・・イイカゲンニシテクレ
・・・いや〜素敵なお召し物ですねぇ〜・・・などと「社交辞令」が言えない私・・・
・・・(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシマショ!
・・・だから、やっぱり向かない仕事をしてたんだなぁと思います。
話しをするのは好きなんです、だから知らない話しでも「興味」が湧けば食いつきます。
特に「技術」的な話しになるときは、知ったことでも知らないことでも「新しい知識」が得られるからか、良く聞き入ります。
話しがそれてしまいましたが、私の持っている技術・経験がフルに生かせる・・・そんな場所はあるんだろうか、と考えているときに例のおさそい・・・
・・・仕事・・・という事由で本当に充実していた期間は「JICA」に関わる仕事をしていた時でしょう。
・・・自分の経験を生かし、現地のカウンターパートに教える。もしくは日本で研修員に指導する。
・・・その間が、とても充実していたし、仕事も楽しかった。
仕事に「迷い」が無かったんだと思います。
「やるべき事をやっている」「間違っていない」という確信からでしょうね。
イヤな上司・同僚もいました・・・その人ともなかなかソリが合わず苦労しましたが、それでも良かった・・・という仕事でした。
そんな職場のことを思いつつ、考えていると自分がまだ「青年海外協力隊」の「可能な年齢」だと言うことに気づく・・・
・・・それも良いかな?
募集要項を見てみた。
僕が参加可能な職種・・・「土木」「農業土木」・・・「音楽」?
もちろん仕事の経験があり、英語での授業も経験がありますので、問題なし・・・技術者としての活動が十分可能でしょう。
「音楽」な訳はありませんが、いちおうのこと「募集要項」を見てみる・・・
資格欄に「音大卒」が並ぶ・・・そりゃそうか・・・
そうでもしなきゃ「街角ミュージシャン」クラスが集まっちゃうものね。
でもね、こういった「仕事以外」での「技術」というのは役にたつんです。
例えば、私の知っている隊員は「マラリア対策」で派遣されてましたが趣味で続けていた「空手」を勤務時間以外で指導したりしていました。
「音楽」なんて言うのは世界共通語ですから人々にとけ込むのに、とっても強い「武器」になります。
もしかして、そのために神様が短期間でもこの仕事に尽かせてくれたのかな?と思います。
・・・感謝ですねぇ。
できれば中南米かアフリカ・・・なんて言うのがいいな。
などと空想を広げている今日この頃でした。
でも、他にもやってみたいというか「人生」をかけても良いかな?と思うこともある。
今はその葛藤を楽しんでいます。
ところで、話しは全然違うんですが、私はギタリスト「村治佳織」さんが大好きです。
ギターは素敵だし、綺麗だし・・・
・・・でも、ブログをみてて・・・前髪切って、スペインで日に焼けた顔を見ていると・・・
・・・ピーター(池畑慎之介)に似ている・・・と感じるのは私だけ?
・・・((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル ・・・
まちがって頂きたくないのは、私は村治佳織さんの大ファンです。
海外への気持ちが日増しに高まっています。
先日、元の職場から「こういう仕事があるんだけど、いかがですか?」とお誘いを受けてからだ・・・
その時のお誘いは、時期があまりに近すぎて、さすがに職場放棄はできずにお断りした。
・・・でも、考える。
・・・もし、来年からの仕事・・・と言うことだったらどうだったろうか?
・・・きっと受けていただろうな。
基本的に性質が技術者な私・・・別に飛び抜けてすごい技術を持っていると言うのではなく「自分のもてる技術」をフル活用できる仕事に向いている気がします。
人と会うのは好きだし、話しをするのが好きですが「愛想笑い」や「お世辞」などの接客に必要な「ビジネストーク」を苦手・・・と言うより、好きではない私です。
えらそ〜な「自慢話」をふんふんいいながら聞くことが出来ない私・・・
・・・カンベンシテクレ(;-ω-)=3 ハァ〜
いや〜らしい「陰口」・・・をそうですねぇ〜などといながら聞き流せない私・・・
・・・( ゚д゚)ハァ? ・・・イイカゲンニシテクレ
・・・いや〜素敵なお召し物ですねぇ〜・・・などと「社交辞令」が言えない私・・・
・・・(゚Д゚≡゚Д゚)ドウシマショ!
・・・だから、やっぱり向かない仕事をしてたんだなぁと思います。
話しをするのは好きなんです、だから知らない話しでも「興味」が湧けば食いつきます。
特に「技術」的な話しになるときは、知ったことでも知らないことでも「新しい知識」が得られるからか、良く聞き入ります。
話しがそれてしまいましたが、私の持っている技術・経験がフルに生かせる・・・そんな場所はあるんだろうか、と考えているときに例のおさそい・・・
・・・仕事・・・という事由で本当に充実していた期間は「JICA」に関わる仕事をしていた時でしょう。
・・・自分の経験を生かし、現地のカウンターパートに教える。もしくは日本で研修員に指導する。
・・・その間が、とても充実していたし、仕事も楽しかった。
仕事に「迷い」が無かったんだと思います。
「やるべき事をやっている」「間違っていない」という確信からでしょうね。
イヤな上司・同僚もいました・・・その人ともなかなかソリが合わず苦労しましたが、それでも良かった・・・という仕事でした。
そんな職場のことを思いつつ、考えていると自分がまだ「青年海外協力隊」の「可能な年齢」だと言うことに気づく・・・
・・・それも良いかな?
募集要項を見てみた。
僕が参加可能な職種・・・「土木」「農業土木」・・・「音楽」?
もちろん仕事の経験があり、英語での授業も経験がありますので、問題なし・・・技術者としての活動が十分可能でしょう。
「音楽」な訳はありませんが、いちおうのこと「募集要項」を見てみる・・・
資格欄に「音大卒」が並ぶ・・・そりゃそうか・・・
そうでもしなきゃ「街角ミュージシャン」クラスが集まっちゃうものね。
でもね、こういった「仕事以外」での「技術」というのは役にたつんです。
例えば、私の知っている隊員は「マラリア対策」で派遣されてましたが趣味で続けていた「空手」を勤務時間以外で指導したりしていました。
「音楽」なんて言うのは世界共通語ですから人々にとけ込むのに、とっても強い「武器」になります。
もしかして、そのために神様が短期間でもこの仕事に尽かせてくれたのかな?と思います。
・・・感謝ですねぇ。
できれば中南米かアフリカ・・・なんて言うのがいいな。
などと空想を広げている今日この頃でした。
でも、他にもやってみたいというか「人生」をかけても良いかな?と思うこともある。
今はその葛藤を楽しんでいます。
ところで、話しは全然違うんですが、私はギタリスト「村治佳織」さんが大好きです。
ギターは素敵だし、綺麗だし・・・
・・・でも、ブログをみてて・・・前髪切って、スペインで日に焼けた顔を見ていると・・・
・・・ピーター(池畑慎之介)に似ている・・・と感じるのは私だけ?
・・・((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル ・・・
まちがって頂きたくないのは、私は村治佳織さんの大ファンです。
タグ : 海外生年協力隊


